ブータン王国のジグミ・ケサル国王
ブータン王国ジグミ・ケサル国王は2011年11月17日、国会で演説を行った。ブータン王国は、国民の心理的幸福などを指標とする「国民総幸福量」(GNH)を重視する国として知られている。演説でケサル国王は、東日本大震災について「いかなる国の国民も決してこのような苦難を経験すべきではありません」とした上で、「しかし仮にこのような不幸からより強く、より大きく立ち上がれる国があるとすれば、それは日本と日本国民だ」と語り、ブータンの言葉「ゾンカ語」で祈りを捧げた。
■「皆様は大災害に静かな威厳をもって対処された」
ブータン国王: 天皇皇后両陛下、日本国民と皆さまに深い敬意を表しますとともにこのたび日本国国会で演説する機会を賜りましたことを謹んでお受けします。衆議院議長閣下、参議院議長閣下、内閣総理大臣閣下、国会議員の皆様、ご列席の皆様。世界史においてかくも傑出し、重要性を持つ機関である日本国国会のなかで、私は偉大なる叡智、経験および功績を持つ皆様の前に、ひとりの若者として立っております。皆様のお役に立てるようなことを私の口から多くを申しあげられるとは思いません。それどころか、この歴史的瞬間から多くを得ようとしているのは私のほうです。このことに対し、感謝いたします。
妻ヅェチェンと私は、結婚のわずか1ヶ月後に日本にお招きいただき、ご厚情を賜りましたことに心から感謝申しあげます。ありがとうございます。これは両国間の長年の友情を支える皆さまの、寛大な精神の表れであり、特別のおもてなしであると認識しております。
ご列席の皆様、演説を進める前に先代の国王ジグミ・シンゲ・ワンチュク陛下およびブータン政府およびブータン国民からの皆様への祈りと祝福の言葉をお伝えしなければなりません。ブータン国民は常に日本に強い愛着の心を持ち、何十年ものあいだ偉大な日本の成功を心情的に分かちあってまいりました。3月の壊滅的な地震と津波のあと、ブータンの至るところで大勢のブータン人が寺院や僧院を訪れ、日本国民になぐさめと支えを与えようと、供養のための灯明を捧げつつ、ささやかながらも心のこもった勤めを行うのを目にし、私は深く心を動かされました。
私自身は押し寄せる津波のニュースをなすすべもなく見つめていたことをおぼえております。そのときからずっと、私は愛する人々を失くした家族の痛みと苦しみ、生活基盤を失った人々、人生が完全に変わってしまった若者たち、そして大災害から復興しなければならない日本国民に対する私の深い同情を、直接お伝えできる日を待ち望んでまいりました。いかなる国の国民も決してこのような苦難を経験すべきではありません。しかし仮にこのような不幸からより強く、より大きく立ち上がれる国があるとすれば、それは日本と日本国民であります。私はそう確信しています。
皆様が生活を再建し復興に向け歩まれるなかで、我々ブータン人は皆様とともにあります。我々の物質的支援はつましいものですが、我々の友情、連帯、思いやりは心からの真実味のあるものです。ご列席の皆様、我々ブータンに暮らす者は常に日本国民を親愛なる兄弟・姉妹であると考えてまいりました。両国民を結びつけるものは家族、誠実さ。そして名誉を守り個人の希望よりも地域社会や国家の望みを優先し、また自己よりも公益を高く位置づける強い気持ちなどであります。2011年は両国の国交樹立25周年にあたる特別な年であります。しかしブータン国民は常に、公式な関係を超えた特別な愛着を日本に対し抱いてまいりました。私は若き父とその世代の者が何十年も前から、日本がアジアを近代化に導くのを誇らしく見ていたのを知っています。すなわち日本は当時開発途上地域であったアジアに自信と進むべき道の自覚をもたらし、以降日本のあとについて世界経済の最先端に躍り出た数々の国々に希望を与えてきました。日本は過去にも、そして現代もリーダーであり続けます。
このグローバル化した世界において、日本は技術と確信の力、勤勉さと責任、強固な伝統的価値における模範であり、これまで以上にリーダーにふさわしいのです。世界は常に日本のことを大変な名誉と誇り、そして規律を重んじる国民、歴史に裏打ちされた誇り高き伝統を持つ国民、不屈の精神、断固たる決意、そして秀でることへ願望を持って何事にも取り組む国民。知行合一、兄弟愛や友人との揺るぎない強さと気丈さを併せ持つ国民であると認識してまいりました。これは神話ではなく現実であると謹んで申しあげたいと思います。それは近年の不幸な経済不況や、3月の自然災害への皆様の対応にも示されています。
皆様、日本および日本国民は素晴らしい資質を示されました。他の国であれば国家を打ち砕き、無秩序、大混乱、そして悲嘆をもたらしたであろう事態に、日本国民の皆様は最悪の状況下でさえ静かな尊厳、自信、規律、心の強さを持って対処されました。文化、伝統および価値にしっかりと根付いたこのような卓越した資質の組み合わせは、我々の現代の世界で見出すことはほぼ不可能です。すべての国がそうありたいと切望しますが、これは日本人特有の特性であり、不可分の要素です。このような価値観や資質が、昨日生まれたものではなく、何世紀もの歴史から生まれてきたものなのです。それは数年数十年で失われることはありません。そうした力を備えた日本には、非常に素晴らしい未来が待っていることでしょう。この力を通じて日本はあらゆる逆境から繰り返し立ち直り、世界で最も成功した国のひとつとして地位を築いてきました。さらに注目に値すべきは、日本がためらうことなく世界中の人々と自国の成功を常に分かち合ってきたということです。
■「ブータンは小さな国ではありますが強い国でもあります」
「ブータンには寺院、僧院、城砦が点在し何世代ものブータン人の精神性を反映しています」
ニコニコニュース(オリジナル) ご列席の皆様。私はすべてのブータン人に代わり、心からいまお話をしています。私は専門家でも学者でもなく日本に深い親愛の情を抱くごく普通の人間に過ぎません。その私が申しあげたいのは、世界は日本から大きな恩恵を受けるであろうということです。卓越性や技術革新がなんたるかを体現する日本。偉大な決断と業績を成し遂げつつも、静かな尊厳と謙虚さとを兼ね備えた日本国民。他の国々の模範となるこの国から、世界は大きな恩恵を受けるでしょう。日本がアジアと世界を導き、また世界情勢における日本の存在が、日本国民の偉大な業績と歴史を反映するにつけ、ブータンは皆様を応援し支持してまいります。ブータンは国連安全保障理事会の議席拡大の必要性だけでなく、日本がそのなかで主導的な役割を果たさなければならないと確認しております。日本はブータンの全面的な約束と支持を得ております。
ご列席の皆様、ブータンは人口約70万人の小さなヒマラヤの国です。国の魅力的な外形的特徴と、豊かで人の心をとらえて離さない歴史が、ブータン人の人格や性質を形作っています。ブータンは美しい国であり、面積が小さいながらも国土全体に拡がるさまざまな異なる地形に数々の寺院、僧院、城砦が点在し何世代ものブータン人の精神性を反映しています。手付かずの自然が残されており、我々の文化と伝統は今も強靭に活気を保っています。ブータン人は何世紀も続けてきたように人々のあいだに深い調和の精神を持ち、質素で謙虚な生活を続けています。
「両国民の絆をより強め深めるため不断の努力を行う」
ニコニコニュース(オリジナル) 今日のめまぐるしく変化する世界において、国民が何よりも調和を重んじる社会、若者が優れた才能、勇気や品位を持ち先祖の価値観によって導かれる社会。そうした思いやりのある社会で生きている我々のあり方を、私は最も誇りに思います。我が国は有能な若きブータン人の手のなかに委ねられています。我々は歴史ある価値観を持つ若々しい現代的な国民です。小さな美しい国ではありますが、強い国でもあります。それゆえブータンの成長と開発における日本の役割は大変特別なものです。我々が独自の願望を満たすべく努力するなかで、日本からは貴重な援助や支援だけでなく力強い励ましをいただいてきました。ブータン国民の寛大さ、両国民のあいだを結ぶより次元の高い大きな自然の絆。言葉には言い表せない非常に深い精神的な絆によってブータンは常に日本の友人であり続けます。日本はかねてよりブータンの最も重大な開発パートナーのひとつです。それゆえに日本政府、およびブータンで暮らし、我々とともに働いてきてくれた日本人の方々の、ブータン国民のゆるぎない支援と善意に対し、感謝の意を伝えることができて大変嬉しく思います。私はここに、両国民のあいだの絆をより強め深めるために不断の努力を行うことを誓います。
改めてここで、ブータン国民からの祈りと祝福をお伝えします。ご列席の皆様。簡単ではありますが、(英語ではなく)ゾンカ語、国の言葉でお話したいと思います。
「(ゾンカ語での祈りが捧げられる)」
ご列席の皆様。いま私は祈りを捧げました。小さな祈りですけれど、日本そして日本国民が常に平和と安定、調和を経験しそしてこれからも繁栄を享受されますようにという祈りです。ありがとうございました。
(土井大輔)
18日には、被災地福島を訪問。
子供達を励まし、鎮魂の祈りを捧げるために。
アタシは、人の最も美しい姿は「祈り」の時にあると思ってます。
決して怪しい祈祷のことなんかを言ってるんじゃありませんことよ。
ブータンの若き国王夫妻が、日本のために祈ってくださる姿に、あたしゃお二人に手を合わせたくなりました。
祈りが祈りを呼ぶって、こういうことかもしれない、、、それを実感したのは初めてでした。
それにしても、お二人とも溜め息が出るほどお美しい。。。
☆こちらも是非読んでみて☆
ブータンで最も尊敬された日本人 西岡京治
■ピザ1枚のトマトソースで野菜1人前
非営利団体「公益科学センター(Center for Science in the Public Interest、CSPI)」の栄養政策担当ディレクター、マーゴ・ウータン(Margo Wootan)氏によると、従来の規制では「野菜」はテーブルスプーン8杯分か、カップ1/2の分量を提供して初めて1人前とカウントされる。しかし、ピザ1枚に塗るトマトペーストをスプーン2杯分と定め、「野菜」とみなす「抜け穴」が存在する。
そこで、学校給食を管轄する農務省は今年初め、トマトペーストを野菜1人前として数える場合にはテーブルスプーン8杯分が必要と定め、またフライドポテトやその他でんぷん質の多い食品メニューは週2回までに制限する改正案を提案した。
しかし、米上下両院の合同審議会は今週、農務省の来年度予算案に盛り込まれたこの制限を否決した。14日発表された予算案は週内にも議会で承認される見込みだが、共和党は法案の概要で「あまりにもわずらわしく、費用もかかる規制」の敗北を喜び、「地域ごとの学校区のさらなる柔軟性」を歓迎すると述べている。◆
写真はシカゴ名物『ディープ・ディッシュ・ピザ』 1カップくらいピザソースを使っていそうです。【野菜】が大量に摂取できるみたいです。
アメリカって、ベジタリアンの国だったんだ!www
今から30年前のレーガン政権時、食品業界の圧力でケチャップを「野菜」とする案が出され、今では大さじ2杯のトマト・ペーストは「野菜」と認定されているそうな。
そこでオバマ氏はレーガン氏を否定しないためにも(笑)、
「せめて1/2カップ以上(約大さじ8杯)からを「野菜」としようじゃないか」
そんな妥協案を出したところ、食品業界から大反論があったらしいデス。www
「1/2カップのピザソースなんて子供に食わせられねーだろぅがっ!!」
誰かハッキリと言う人はいないのかな「では何故肥満になったのか」って。「そいつは赤くて嗜好的な液体で調味料って言われてるもの」だって。どいつもこいつも笑ってしまうほどアフォーです。
宗主国アメリカでピザ1枚分のピザソースが「野菜」とされるなら、日本ではチキンライス1人前トマトケチャップが「野菜」、あたりめに添えられるマヨネーズは「卵」、パスタのアンチョビソースは「魚」なんて馬鹿げた思考を植えつけられそうで怖いです。
アメリカの子ども達の肥満は、何と2008年の統計では全アメリカの1/3の子ども(5歳から17歳まで)が肥満に分類されてしまったそうです。
日本ではどうだろう、1/10にも満たないと思うのだけど。こないだ行った小学校には「肥満」の子なんて居なかったなぁ。
給食を30年ぶりに食べたこともあって、当時をあれこれ。全国ではどんな給食があったのかなぁ。
通っていた学校の給食センターが米飯給食を取り入れたのは、小学校4年生くらいだったかなぁ。。。34年前(爆)。
週に1~2回、普通の白飯、麦飯、茶飯、わかめごはんとして順に登場するようになりました。
茶飯とわかめごはんの時以外は、ふりかけも付いていたっけ。おかか、たまご、ゆかり、いりこ。
パンの時は、普通の白い食パン、黒パン、レーズンパン、コッペパン。他地方で絶賛される「揚げパン」なるものは見たことなかったなぁ。
白い食パンの時には、マーガリン、いちごジャム、オレンジやあんずのマーマレード、チョコレートペーストやチーズ、スライスハムもあったっけ。
メインのおかずは、カレー、シチュー、焼きソバ、スパゲティ(ケチャップ味)、筑前煮、煎り豆腐、五目ひじき・おから、豚汁、かき玉汁。
覚えているのはそんなトコかな、これを【大きいおかず】と呼んでました。
【大きいおかず】に対抗するのは【小さいおかず】で、
鳥のから揚げ、ちくわの磯辺揚げ、ゆで卵、がんもどき、ウインナー、生野菜(サラダ)のような副菜と呼べるものだったり、カットフルーツのようなデザート。デザートと言っても缶詰モノが多かったけど、冷凍ミカンは大人気でした(笑)。
雛祭りの菱餅を模った求肥が入った餡蜜とか、真夏のアイスクリームとか、冬休み直前にはショートケーキとかは楽しみでしたね。
あ、そうそう。愛知県には他地方に無いモノがあるんです。コレが他地方に無いってのは、つい最近知ったこと。
それは「ソフト麺」。インスタント食品で生麺タイプのものがありますが、あの生麺がご飯やパンを差し置いて、給食の主食の座につくことがありました。
真空パックで、程よく温められたソフト麺が登場するのは、きまって【大きいおかず】がカレーの時。
つまり、カレーうどんになるのです。これが一番人気でした☆
給食というと、あたしゃ給食が食べられなくて、いつも泣きながら居残りで食べさせられてた苦い記憶ばかりが甦ります。
保育園・小学校時代は、七夕の短冊に 「給食が全部食べられますように。」 と書き綴っていました。
30年後、先日の学校訪問でやっと叶いました(爆)。
みなさんの給食の思い出、大好きだったメニューなど、教えてくださいませ。
給食つながりで「らばQ」の、こんな記事もどうぞ。(どうみても「給食」というより「社員食堂」っぽいのですけどネ)
海外で衝撃「日本の給食はなんて健康そうなんだ!」
ひとくち食べ比べてみたくなる、世界の学校給食いろいろ
アメリカに住んでなくって良かったと思っちゃう。
10代のうちから、肥満だけでなく病気に悩まされそう。。。
それにしても資本って怖い。概念も常識も変えることに躊躇しない。
しかし「ピザソースは野菜だ!」のデタラメが、数年後の日本では社会通念になっているんじゃないかと思ったりもします。資本は何でも変えてしまう。。。記事のアメリカが立証してる。
そういえば、米飯給食が始まって、ご飯の時は「先割れスプーン」じゃなく、お箸が登場しました。
クラス中が騒然でした。「いくら洗ってあると言われても、お箸はいやだ!」って。
皆、何故かスプーンには抵抗が無いのに、お箸は相当嫌がってました。
そう考えると「和食器」って不思議。myご飯茶碗、my吸い碗、my箸、my湯のみ。
家族でさえも間違えるのが嫌だったのに(笑)、洋食器にはなぜ感じないんだろう。。。
東京電力福島第一原子力発電所事故による放射能汚染対策に関連し、「福島県内のすべての学校などに放射線量をリアルタイムで監視できるシステムを構築する」と述べた。2011年度第3次補正予算案で約2500億円を計上した除染についても「迅速な除染を大規模に進めるよう、断固たる決意で取り組む」とし、12年度予算でも財政措置を講じる方針を示した。
(2011年11月2日22時50分 読売新聞)
2.7兆円の効果は10年間の累積だと、10月27日に中野剛志氏がフジTV朝の情報番組「とくダネ!」で暴露していたばかり。ネットでTPPの情報を追っている者にとって、今更こんな遅れた捏造情報を「首相」が給フとは、TPPに真剣に取り組んでいると思えない。対応が笑えるほどふざけてる。
日本のGDP537兆円(年間ですよっ!)に対し、実質2千7億円のTPP効果なんて無いに等しいってこと。
いかに政府が適当に考えてるかっていう好事例です。
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【ベンガジ(リビア)AFP=時事】リビアを暫定統治する国民評議会のゴガ副代表は27日、同国東部ベンガジで記者会見し、元最高指導者カダフィ大佐を殺害した者を起訴する方針を明らかにした。
同副代表は「既に捜査に乗り出している。われわれは捕虜の扱いに関する倫理規定を通達しており、(大佐殺害は)個人的な犯行だと確信している」と強調。「(殺害に)関与した者は誰であれ、公正な裁きにかけられるだろう」と述べた。
カダフィ大佐が所有していた黄金の銃を嬉々として掲げる少年がいたけれど、犯人は別人かな。
どうせカダフィに懸賞金でもかけて殺させたのだろう。快く思わない邪魔者にだけ耳打ちしたのだろう。
オサマ・ビン・ラディンと状況が似てる。
カダフィは確かに殺戮も行いましたが、自国民を手厚く守っていたことも事実です。
http://dissidentvoice.org/2011/07/35312/
これらの記事を読むと殺人は絶対悪だと認めながら、カダフィの狂気など、欧米諸国の狂気に匹敵するようなものでは無いと思う自分もいます。
2011年
5月13日 リビア中部ブレガでNATO軍の空爆 民間人16名死亡、40人負傷
6月18日 NATOトリポリ住宅地空爆 子どもを含む9名死亡、18人負傷
6月19日 同日未明NATOトリポリ空爆、子ども2名を含む民間人7名死亡
6月26日 東部都市ブレガの製パン所とレストランをNATO空爆、民間人15名死亡、20名以上負傷
8月10日 NATOリビア国内の村(シルテ?)空爆、女性と子どもを含む民間人85名死亡
報道された5回の空爆だけでも子供を含む民間人の100名以上が死亡。NATO軍がリビアで行った出撃回数は 2万6000回、空爆は1万回とも言われています。
なんでカダフィだけが独裁者ってだけで憎まれるわけ?
欧米諸国、特にアメリカが言う「独裁者」というのは、アメリカの収奪を阻止しようと、外資を断固として入れない施政者のことを言うのでしょう。
カダフィの非人道的振る舞いを、NATOが反カダフィ派を支援し人道的に制裁を下したってことになってるけど、気分が果てしなく重い。
日本のマスコミがアフリカ・中東情勢を伝えないのは、アメリカの息がかかっているという陰謀論より、視聴率が稼げないからってことだと思う。視聴率が稼げないから不勉強でいいやってことなんだと思う。
20年以上前のイラン・イラク戦争や湾岸戦争の時なんかは、日本のメディアも毎日トップニュースで扱っていて、あらゆるメディアが大きく報じていたからこそ世間の目も集まっていたんじゃないかな。その頃も欧米寄りではあったかもしれないけど、決して現在のように無関心ではなかった。
「あ、今これ、知っておかないと。」そう思うくらいに、報道に背を押されていたような気がします。
イラン・イラク戦争で思い出しました。
昔のブログでも取り上げたことがあったけど。。。
東日本大震災に、友好国として3月19日には救援隊33名、4月4日には多大な物資を送ってくれました。
そしてトルコが今、先日の大震災で死者570人の大惨事となりました。
日本政府の対応がこちら。
http://www.jiji.com/jc/zc?key=%a5%c8%a5%eb%a5%b3&k=201110/2011102600016
トルコに緊急援助=政府
外務省は25日、地震で被害を受けたトルコの要請を受け、国際協力機構(JICA)を通じて3000万円を上限にテントなどの緊急援助物資を送ると発表した。トルコ政府と協議しながら追加支援も検討する。 (2011/10/26-00:55)
上限3,000万円って、、、二桁くらい違いませんかねぇ?
そういえば、湾岸戦争の時は連合軍に90億ドルの支援をして、「日本は金だけ出して何もしない」なんて叩かれてたっけ。
今はそんなお金も無いのに、どこぞに自衛隊を派遣する方のが大事なんですかねぇ。。。
10月29日は、友好国トルコの建国記念日です。