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 また、同じころかとよ、おびたたしく大地震(おほなゐ)振ること侍りき。そのさま、よのつねならず。山はくづれて河を埋み、海は傾きて陸地(くがち)をひたせり。土裂けて水涌き出で、巌割れて谷にまろび入る。なぎさ漕ぐ船は波にただよひ、道行く馬は足の立ちどをまどはす。都のほとりには、在々所々、堂舎塔廟、一つとして全からず。或はくづれ、或はたふれぬ。塵灰たちのぼりて、盛りなる煙の如し。地の動き、家のやぶるる音、雷(いかづち)にことならず。家の内にをれば、忽にひしげなんとす。走り出づれば、地割れ裂く。羽なければ、空をも飛ぶべからず。龍ならばや、雲にも乗らむ。恐れの中に恐るべかりけるは、只地震なりけりとこそ覚え侍りしか。

鴨長明  方丈記

 
皆様のご無事を心よりお祈り申し上げます。
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◆飲み友達のコジ(♀)の誕生日が3月1日、少し時間が経ってしまったけれど、今日は二人でささやかなお誕生日会を予定しておりました。
暦は弥生。誕生祝いとなればいつもの安居酒屋じゃなくて、しっとりと大人な感じのレストランと決め込んでもいいな、、、なんて思い、少し春めいたフェミニンなワンピースを着込んで、お洒落に決めてみたのだけど、肝心のコジが体調不良でドタキャン。ちぇっ、せっかくお洒落してきたのに。でも大事な友人の体調の方が心配である。
一応気合は入れたんだぞ!という強調をしつつ、「お大事に~」の言葉で今日の約束はお流れに。
その後、自分なりにめかしこんだつもりの服装をチェックしたところ、、、襟ぐりからも袖口からも、ワンピと同系色とはいえ、インナーが「コニチハ!」むー、その時点でインナーというお洒落な単語は「ばばシャツ」と転化しましタ。相変わらず詰めが甘いや、、、わたくし(笑)。なにがフェミニンじゃ!と一人ツッコミ。
余談だけれども、我が社には選手・スタッフ・社員を含め3月生まれの人が多いです。特に多いのが、3月3日生まれ。妖精監督もその日が誕生日。我が社では3月3日生まれの人は「恐妻家」を持つ殿方ばかりという共通認識があるようです(笑)。妻にどんな要因があれば「恐妻家」となるのかわからないんだけど、妖精監督の場合は『周りでも可哀相になるくらい』だそうです。ははは、これも惚れた弱みか。がんばれピクシー!

◆昨今の日本の政治の堕落を憂い、嘆き怒る多くの政治論者(ブロガー)の言論を拝読するにつけ、中国の古事を思い出します。何時の時代の何と言う皇帝の逸話かは思い出せないのだけど。皇帝が、自分の統治がいかなるものか、民に好しとして受け入れられているのか、悪しとして受け入れられているのかを確かめようと、宮殿を出て都の郊外に足を運んで市井の声に耳を傾けたという話。農村地帯では、小さな集落なれどどの家からも煙が立ち上り、食に困っている様子ではない。町に行けば、皇帝の治世を称え歓迎する長閑な歌が聞こえてきて、大いに安堵するという話。政治を憂うブログがこれほど多いってこと自体が、この国の政治が危ういってことなんだと思う。それを政治家さん達に気づいて欲しいと思うのだけど、管さん、みゃーはらさんにはその気づきの器すら無いのでしょう。私が民主党執行部の一番嫌いなトコは、あっちにもこっちにもいい顔をしながら、新自由主義のギラギラした顔を隠そうとするところ。どう考えても詐欺師そのものじゃないか。
要するに、生ぬるいのだ。
いっそのこと、I都知事くらいはっきりしていたほうがすっきりとした嫌い甲斐があるってもんだ(これも妙な表現だけれど)。

生ぬるいで思い出しました。聖書にはこんな言葉があります。
カソリックの方はどう感じるか想像がつきませんが、私が通っていた教会では「生ぬるい」という表現(或いは指摘を受けた場合)は、「恥」そのものでした。

I know your deeds, that you are neither cold nor hot. I wish you were either one or the other!
So, because you are lukewarm - neither hot nor cold - I am about to spirit  you out of my mouth.
revelation 3:15-16
 
わたしは、あなたの行いを知っている。あなたは冷たくもなく、熱くもない。わたしはむしろ、あなたが冷たいか熱いかであってほしい。このようにあなたはなまぬるく、熱くも冷たくもないので、わたしの口からあなたを吐き出そう。
ヨハネの黙示録 3章:15-16節
 
右側と左側、新自由主義と社会主義派、政党にも政治家個人にも、これらの思想が混在していて、対外的にマイナスになりそうなイメージを狡猾に消している輩が多いから迷ってしまう。先日の名古屋の同時選挙でも、衆愚制が完成しつつあるのかと憂いましたが、本来、施政者が堕落していなければ、市井の者は安心して田畑を耕し、或いは会社の仕事に勤しめばいいのだ。政治を憂う人々がネットにこれほど多く見られるのは、言ってみれば世も末なのでしょう。。。現に、私のように世に疎い者でも憂いているくらいなのだから。
しかし、冷たい側の新自由主義が生ぬるくなることはなく、ますます過激に冷たさを増していくのに対し、それに対抗する熱き社会派が生ぬるくなっていくのはどういうことだろう。。。転向の手前にあるのが-lukewarm-生ぬるさである。さてさて、日本の代表である政治家さん、、、皆、生ぬるい人たちばかり。ええ、笑っちゃうくらいに。

◆文句ばかりでは申し訳ないので、懐かしい曲を。







・・・・・・・。
なぜか、インナーに厳しく臨もうと思った。

◆2月24日、やっと決算終了。昨シーズンは悲願の優勝を果たすことが出来たおかげで、範疇外のイベントが増えまして12月から2月まで、超多忙でしたがやっと一息つくことができました。先週末は4連休をもらい、XEROX CUPを生観戦してきました☆チケット担当さんのおかげで、メイン側の素ン晴らしい席をゲットすることが出来たのだけども、、、日が当たらないものだから寒いのなんのって!結局後半からはバックスタンドに移動(すまんチケ担・笑)。日テレで生中継されてましたけど、ご覧になりました?相手が鹿島さんということもあって、圧倒的に分が悪いので厳しい試合になると思っておりましたが、なんと先制(それもなぜかDFの増川くん)!後半で追いつかれるという、ま、グダグダ感もありましたけど、PK選は本当に凄かったですよ~。PKを3本も止めてしまう楢崎くんの凄さに、改めて脱帽です。1本は完全にキャッチしましたからね。今年もがっちりと鯱のゴールを守ってくれることでしょう。頼れる守護神ではあるけれど、意外に彼はキャプテンシーに優れて入るワケでは無いんです、、、。黙々と技術に磨きをかける職人さんといった感じ。ちょっと風変わりな人ではあります。さて、その大会の3日後の本日、ACLのアウェー杭州戦が現在行われているのですが、、、過密日程にもほどがあります(笑)。選手だけでなく、運営も広報も倒れそうです。帰国したら今度は開幕戦。グダグダにならなきゃいいけど。。。あ、3月5日NHK総合で生中継です。優勝チームの特権です、うっしっし。けどここで負けたらカナリ恥ずかしいなぁ。。。

◆XEROX杯を観戦した次の日は、四ッ谷で湯浅誠さんの講演を聴いてきました。昨年の9月末に聴いた内容とほぼ同じ。9月の時と今回では聴衆者の傾向が違うこともあって、リラックスした感じに見受けられました。「話し慣れしたのかな、、、」とも思いました。今回の講演を知ったのは、時折訪れるサッカー好きで熱心なキリスト教信者さんのブログでした。講演会場は聖イグナチオ教会のヨセフホール。日曜礼拝の後に、なんとなく訪れてみた、そんなカソリック信者さんが多かったように思います。

・現在は、どんなに頑張っても正社員になれるのは就職希望者の50%しかありません。そんな状況で「頑張れば報われる」という言葉は、追い詰めるだけ。
・婚活、就活などという新しい言葉が出てきましたが、これって以前はあまり頑張らなくても出来ましたよね。
・「リア充」などという言葉(ニュースピーク)がネットで踊っていますが、これは狭い社会でしか生きられない人々が発する、自己表現のための精一杯の言葉ではありませんか。

望んで非正規社員となる人もいるでしょうけど、現実は正規雇用となりたくとも成れない人々が半数を占めている社会となってしまいました。これは、普通に就職し、普通に昇給を経て、普通にそれなりの地位を得たバブル期以前の人々にはなかなか理解してもらえないらしいです。今のこの時代は、「頑張れば報われる」なんて嘘っぱちだ。うちの会社にもよく履歴書が送られてきます。超有名大学名が印字された封書とかで。でも開封はするものの、ろくに見もしないでそのまま返送してしまうのです。この時点で学歴もキャリアも重要視されないんです。けれど、そうやって履歴書を見もせずに送り返す人が「努力が足りない」などと言うのは違うと思う。就職難という悲劇に見舞われたことのない、恵まれた時代を経験した者がそう言うのは違うと思う。ってか、許せないな。「偉そうに、どの口が言うか!」と言いたくなる。
湯浅さんの講演を聞いていて思ったのが、至極全うなことを言っているけれど、今、ここに集まっている人々は湯浅さんほどの問題意識はなくとも、同じようにホームレスや就職難について考えている人々なんです。冗談を交えて笑いを誘う話し方よりも、聴衆に「なんとかしなければ!」という強い決意を抱かせる講義でなくてはいけないのではないか。。。なんて不遜なことを思ってしまいました。
講義の後は、近くに座っていた人と8~10人のグループになって意見交換をしました。私が交わったグループの2/3が、この聖イグナチオ教会の礼拝に来ていた方。つまりクリスチャン。もう、お上品なの。謙虚というか自信なさげに、誰もが小さな声で話し始めて、、、聞こえないからみんな頭を突き出して、話し手の声に耳を傾けてるの。わたくしの番になったら、皆が頭を引いたのが面白かった(笑)。いつもイベントではマイク無しに声を張り上げているので。クリスチャン達は皆好い人。ほんっとに好い人という印象でした。謙虚で穏やかで善意に溢れている感じ。けどさ、イエスならどうしたか、身近に困っている人がいたらどうしたか、「恥ずかしい」とか「拒絶されたら傷つく」なんて考えないと思うよ。礼拝堂の磔刑のイエス像を思い出した。イエスは蘇ったんだ。この善意溢れるクリスチャンの中には、磔刑のイエス像しか無いらしい。
けれどその後、この講習会とは全く関係ないところで、私自身も激しい自己嫌悪に襲われました。重い罪を感じました。。。今も苦しい。。。

◆帰宅のため、東京駅で新幹線の時間までそこいらのカフェでビールに舌鼓。ここのところ気分が落ち込んでいるので、ひとつ痛快な小説でも読んでみようと、戦国時代の傭兵団の頭領、雑賀孫市を題材にした司馬遼太郎さんの本を読んでいたところ、隣のテーブルに座っている男性2人の様子が尋常ではない。2人とも目を真っ赤にしてビールを煽って泣いているのだ。見れば礼服に黒ネクタイ。読書に集中しようと思ったのだけれど、なんせ隣りに座っているもんだから、聞くつもりがなくても話が漏れ聞こえてくるんです。

「まだ40だぜ」 「どうしてこんなことになっちゃったのかな」 「俺、あいつの小さな娘さんが泣いてるとこ、夢に出てきそうで怖いよ」 「そうだよ、まだ40だぜ」 「俺が、オレが代わりになればよかったんだよなぁ、、、守る家族もいねーし」 「そんなこと言うなよ、それも違うだろ!」 「労災とかさ・・・」 「こんなこと二度と・・・」

過労死した同僚の葬儀の帰りらしい。まったく、失業と就職難の講義の後にこんな会話に出くわすとは。なんとバランスの悪い社会なことよ。。。




★おしらせ★
ブログ更新をお休みしてしている間に、有名ブロガーのkojitaken様の「きまぐれな日々」に名古屋市政のことでコメントした(愚痴を垂れた)ところ、わたくしの拙いコメントを「鍋ブログ」にアップしてくださいました。
是非、ご一読ください。
こんな輩が「減税日本」を掲げて全国を凌駕しないようにと切に願います。
kojitaken様は、このエントリーを更に掘り下げて、名古屋の暴政を暴いてくださっています。

橋下徹が進める「保育所の最低基準緩和」で失われる幼い命

必読です。ええ。
このトピックにあたり、ご教授いただきましたpeace09様に心より感謝申し上げます。

あ、そうそう、次回は絶対に横浜の貴女に会いに行きます!!

杭州戦、、、ちっ、負けちゃったか(涙)

当ブログをご訪問くださる皆様へ

年度末決算と、開幕準備で超多忙です。
3月には名古屋市議会選挙もありますし、引き続きムラムラツィンズと「減税・・」を批判し続けたいのですが、そうもいかなくなりました。
2月いっぱい、ブログの更新はお休みさせていただきます。

頂いたコメントには、遅くなるかもしれませんが必ずお返事します。

少々気になることがありますが、それから逃げるワケではありません。
そう思われても仕方ないタイミングではありますが(苦笑)。

寒い折、皆様、体調管理には十分お気をつけくださいね!

とらよし拝


木は
最後まで木でなければいけない
夢の中で幻想の水辺で
いつも黒々と
つめたくそびえていなければいけない
木が木でなくなるとき
葉が葉でなくなるとき それは

天に向かつてのびる
一本の直線にもなつてしまつて
はてしないその虚像に
地上の生命(いのち)は胸しぼられるのだ

いつまでも
木は木でなければいけない
海辺の風に星屑のぬれた賛歌に
木はいつまでも木のままに
梢ざわめかせときに落葉をふりまき
いつまでも立つていなければいけない
木がそのふとした無聊に
さまざまな問いの答えとなつて
ささくれた木肌をさらすとき
人はすでに木のもとに憩い
木の蔭に語らうこともできないのだ

木は
いつまでも木でなければいけない
とある少女の名を彫りつけられ
朝まだき少年の唇の夢をうけとり
木はいつまでも
そうして木でなければいけないのだ


辻征夫さんという詩人の18歳の時の詩だそうです。

人は皆、寄る辺を求めるけれど、家族以外のところで、寄る辺になる決意をすることがあるのだろうか。
少女の名を刻まれる痛みを、笑って祝福できるだろうか。
少年の夢の実現のため、力を貸すことができるだろうか。


詩人たらんと願ふものの第一に究むべきことは、自分自身を完全に知ることです。
自己の魂を探求し、それを検討し、それを試み、それを把握することです、それを知つてしまつたら、
それを培わねばなりません、、、

(中略)

「見者」たるべし、「見者」となるべし、と私は云ふのです。
「詩人」はあらゆる感覚の、久しい、宏大な、熟考された不覊奔放化によって「見者」となるのです。
恋愛の、苦悩の、狂気のありとあらゆる形式です。
己れ自身を捜し求め、己の裡にある一切の毒物を汲み尽くし、その精髄のみを保存するのです。


彼は、同じ18歳の時に、ランボーのこの一言に震撼したそうな。

自分にこんな息子がいたら、果たして寄る辺となれるだろうか。

レモングラスを噛むがごとく、詩を読む。
租借できない繊維から、ほろ苦い清涼感ある香りが口に広がる。
よくわからないまま、少し癒される。。。

「落日」

「わたしは沈丁花が」

「わたくしの名前」

どれも好きな詩。

タゴールの詩のようでもあるけど、もっと近寄り易い。

己れ自身を捜し求め、己の裡にある一切の毒物を汲み尽くし、その精髄のみを保存するのです。


これが詩人の定義ならば、今は詩人の居ない時代。
悲しいことです。。。

あぁ、そうか、

詩人がもう居なくなってしまったことを知らないから、探して迷うのね。
美しい詩がないから、つまらない笑いに飛びついてしまうのね。。。





しかし、それは倒錯ではなかろうか。
倒錯した世界に、癒しと希望はあるのだろうか。

嗚呼、主よ、主よ。
あなたは真理を明らかにされたはずでしたのに!!
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