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初めて聞いたKenny Gの曲は、当時アメリカで放映されていたドラマの挿入歌だったけど、初めて買った彼のCDの最初の曲がこれ。
チリの落盤事故で地下に閉じ込められていた33人が、70日ぶりに地上へ。
つまり、全員救出されたわけで、この快挙に言いようのない喜びと感謝が湧き上がります。
最初に救出された作業員が地上に現れた時、彼の幼い子供が泣きながら駆け寄り、その小さな身体をがっちり受け止めた映像に、この曲が脳裏に浮かびました。
生きる喜び。
事故が起こったのは8月、実は全員の生存は絶望的だと思っていましたので、この事故の後の報道については耳を塞ぎ、目を瞑っていました。
嗚呼、私の信仰の何と浮薄なことよ。
本当に、久しぶりのグッドニュース。
チリ、いいね。
大統領が一介の市民のために泣いて喜んでくれるなんて、抱擁し長く言葉を交わすなんて、残念ながら今の日本では考えられない。
そんな救出劇に釘付けになりながら思ったことがあります。
つい先日、立て続けに名の知れた二人の方の講演会に参加してきました。
一人は貧困問題に取り組み、今は内閣の参与となっている湯浅誠氏。
もう一人は、北朝鮮拉致被害者の関係者で、今年の3月まで家族会の代表だった蓮池透氏。
今回の救出劇を追いながら、その蓮池透氏の講演を思いました。
北朝鮮が日本人拉致を認めて8年、5名生存、8名死亡という事実(?)が発表されました。
誰もが嘘臭いと思うでしょうけれど、「5名生存、8名死亡」という北朝鮮の謝罪を受けて、2002年9月17日、日朝平壌宣言が成されたのだ。
つまり、両国政府が、「これで拉致問題にピリオドを打つ」と約束したわけ。
そう、この宣言の下では、拉致問題は両国で既に解決してるのだ。
この点においては、北朝鮮は決して嘘はついていないのだ。
そんなことくらい、家族会や右側の人々は承知してるハズなのに、未だに北朝鮮を批判し「経済制裁を!」などと言っているけど、なぜKOIZUMIを批判しないのか理解不能。
拉致問題解決のための方法を模索するために、「拉致問題対策本部」なる政府機関が設けられたのだけど、何をやってるのだか。
この団体の第一の目的は、拉致問題の認知度を高めるための啓蒙活動ですって。
ブルーリボンの普及と、拉致された少女の描いたアニメや映画製作。
その崇高な啓蒙活動が評価され、今年度は昨年より倍の予算(6億→12億)を与えられたとか。
それで思い出話をするためだけに、金賢姫さん招致が実現できました。よかったよかった。www
蓮池透さんのこと、実は嫌いでした。
「北朝鮮への制裁のためなら、何でもしてやる」というような態度が、鋭利な刃物のようで。
けれど、実際にお会いしてみると、印象が違っていました。
顔つきが随分と柔和になり、疲れている様子。
話し方も、クールに論点だけを主張するのではなく、何気ない世間話をしているような形で進みました。
彼がしきりに訴えていたのは、「問題解決のためには、まず現実的にならなければいけない」ということ。
守る会や家族会は、「北朝鮮が謝罪するまで経済制裁を続けるべき」と頑迷に主張していますが、かの国は、「日本に謝罪するつもりなどない、そんなことをするくらいなら死んだほうがいい」と給うとか。
強気だなぁ、、、とは思うけど、確かに平壌宣言でこの問題は両国間で解決したはずなので、確かにそれ以上謝罪する必要はないよね。
歴史を遡れば、尚更謝罪する気にはなれないよね。
チリの救出劇を見ながら、拉致問題が発覚して8年もの間、何も出来ない日本政府の外交力に脱力してしまう。
アメリカ人女性ジャーナリストが2人、かの地で拘束されたことがありましたが、速やかに解放されました。
その裏には、あの厚顔不遜のアメリカでさえ、必要とあれば密かに頭を下げる外交を知っているのだ。
蓮池氏の講演については、これとは別に改めてアップしようと思います。
最近無気力なので、何時になるかわからないけど。。。
先週末、久しぶりに、かつて鯱さん会社に出向して来ていた元広報部長(Kさん)と会うことができました。
部長さんという大層な肩書きを持っていた方なんだけど、アタシは兄ちゃんみたいに慕っております。
仕事でお世話にもなりましたが、大方はアフター6の飲み会の方で(笑)。ええ、この日も当然お酒のお誘い。
ははは、断るワケ無いじゃん!
「最近どう?」と聞かれ、勿論チーム成績のことでは盛り上がりましたが、会社のことを聞かれたのを皮切りに、アタシの愚痴は止まらなくなっちゃって、特にKさんの後任(通称:媚男)のことで散々悪態をついてしまったよ。
全く、嫌な女だ。。。
そのあと、Kさんがぽつりと言ったのは、
「俺さ、この会社の上層部に、出向者ばかりが名を連ねているのは間違ってると思ったんだよね。だから身を引くつもりで出向元に帰ったんだよ。だから、あいつが来るとは夢にも思わなかった。俺が引いた意味まで無くなるってことだよな。」
そうだよ、いっそのこと残ってくれれば良かったのに。
いつも正論を言ってくれる人だった。
それゆえに敵も多かったけれど、何か問題が起こった時は、絶対に部下を守ってくれる人だった。
いい人とか、頼もしい人のように、何時までも居て欲しい人ほど、離れていってしまうように思えてならない。
けど、いい加減、自分もそういう人物にならないといけないってことなんだろうなぁ。
なかなかそうは成れないけど。。。人は誰も、誰かに頼っているうちにその恩恵に預かることに安心し、失って初めて右往左往してしまう。
上司に限ったことではないのだろうけど。。。
さて、そのKさん。ト○タではずっと宣伝部に居た方で、東京池袋のアムラックスとか、お台場のメガwebとかにも籍を置いていたことがあるので、車に関しては滅法詳しいです。
最近のトヨタ車のことであれこれ。
ワタシ:「最近のエコブームに乗って、ハイブリッド車はわかりますよ。でも、何でステーションワゴンタイプばかりなんですか?もう同じような車ばっかりで全然個性が無い。他社との違いもわからない。昔はさ、クレスタとかマークⅡとか、似ている車でもすぐに判ったのに。」
Kさん:「ニーズと言っちゃえばそれまでなんだけどね。でも、新社長は、新型のスポーツ車を開発したいらしいよ。役員連中からは総スカンをくらってるらしいけどね(笑)。」
ワタシ:「総スカンは判るような気がする(笑)。けどそういう気概はうれしいな。だって自動車屋なんだもん。」
Kさん:「しかし、売れないだろ」
ワタシ:「スポーツ車のターゲット層が若者だったら、絶対に売れない。ってか、買えない。」
Kさん:「F1も撤退しちゃったし、興味無くなるよな。」
ワタシ:「F1があろうがなかろうが、どうしても買いたい車が無くなってるからだと思いますよ。」
Kさん:「このご時勢、開発にお金もかけられないしなぁ。。。」
なんとも切ない会話に終わってしまった。
「兄ちゃん、しっかりしろよ!なんとかしろよ!!おい、おい、おい!!」首をシメたくなった。
そんな会話をしながら、養父のことを思った。
「いつかはクラウン」
ずーっと働いて働いて、働き詰めだった養父も、そこそこお金が溜まったら、クラウンに乗りたいって言い続けていましたね。
貧しい米屋の養子となりましたが、懸命に働いたお陰でそこそこの小金は得ることができました。
土地を買って店を構え、小さな精米工場を持ち、更なる事業展開のための投資。
そんなことをしなければ、クラウンくらいすぐに買えるくらいだったのに、養父が念願のクラウンを手にしたのは、病に倒れる1年ほど前でした。26年前のこと。
養父のはしゃぎようは、大の大人でありながらまさに子供のようで、こっちの方がびっくりするくらい。
さてさて、納車されたクラウンを拝もうとしたら、、、「えーーーっ!セダンじゃないのっ?」
洗練された庶民の憧れ、クラウンセダンだとばかり思っていたのに、ソコにあるのは、わごーん、ワッゴーン。
それも中古。
な、なんでこんなもんを、、、。
っというのが、養母も兄も一様で、呆れ顔でした。
「これ、何に使うの?」
と問えば、養父は誇らしげに
「米の配達に決まっとるがや!」
だって。唖然としましたね(笑)。
養父は、成り上がりの商売人が俄かに新車のクラウンセダンを買うには、世間様の目がどうにも気になって仕方がなかったようです。
いかにも「米屋さんは儲かってる」という印象を与えてしまうのではないかと、嫌で仕方なかったようです。
けれど、いつかは乗りたいクラウン。養父にとっては、それが中古のワゴンだったようです。
なので、「ほぅ、クラウンですか!」なんて言ってくださる方には、「まぁ、丈夫ですしね、荷物もたくさん載ります。」
なんて言いながら、灯油やら米やらを積んで配達していました。
その期間は短かったけど。
養父が病に倒れた時、次兄がそのクラウンワゴンを売っぱらっちゃったんだけど、養父は大層残念がっておりました。
「元気になったら、俺がまた買ってやるよ!大体、エアコンつけたらリッター3しか走らない、ガソリン垂れ流しの車なんざ要らんわ!」
養父は、そんなリッター3しか走らない車を、わずか1年の間でしたが、誇らしげに乗っていましたね。
男のロマンを感じた、幸せな時間だったのではないでしょうか。
次兄は、よもや養父が亡くなるとは思っていなかったようで、後々まで、この養父の愛車を売ったことを悔やんでおりましたが。
我が家のクラウンは灯油の臭いがしました。臭いんだよ(笑)。
でも嫌いじゃなかったな。
嫌いなワケないじゃない。。。
養父が生きていたら、昨今の車の丸っこいフォルムなんて絶対に嫌がる気がします。
昔のあのゴツイ、クラウンワゴンで、貴方が愛したオカンと二人で思いっきりデートを楽しんで欲しいな。
また、きっと出会えると思うからさ。
喧嘩には原因がある
闘争には要因がある
議論には理由がある
保守的で、大層右よりだった亡き養父が、田中角栄氏がロッキード事件で失墜した時に、大いに落胆していたことを思い出します。
当時の私はまだ小学4年くらいだったでしょうか。
もちろん政治などまるで知らず、養父母に守られ甘えて暮らしていましたが、養父は「日本はもう駄目だ。」「政治家が居ない。」そんなことばかりを言っており、その苦悩ぶりに、時折不安を感じたものです。
養父は、日曜日には必ずTBSで放映されていた「時事放談」を食い入るように見ていました。
朝っぱらから冷酒をを飲みながら(笑)。
月日が流れ、当時(ロッキードの頃)の養父と同じような歳になって(まだ少し若いかな)、当時の養父と同じ様に日曜日は冷酒を飲み、情報番組ナドを見るようになり、やっぱり親子だな、、、と一人で可笑しがったりもしています。
我が家では、概ね夜7時が夕食の時間でした。その時間は当時も子供向けのアニメ番組とかが放映されていて、そちらが観たくて仕方ないのだけど、その時間は一家の長たる養父が必ずNHKのニュースにチャンネルを合わせました。2階のテレビで早くその番組を観ようと、適当に食事を済ませようとすると叱責され、次の日の同級生との会話についていけないのがほとんどで、悔しい思いをしましたね(笑)。
高校を卒業するまで、朝の民法局が何を放送していたのかは、見せてもらえなかったので全く知りません。
「朝からテレビを見るもんじゃない!」と常に言っていた養父は、NHKだけは正しい情報と信じていました。
養父が亡くなって25年、現在のメディアを見たら耐えられないことだろう。
養父は月刊現代を愛読しており今の私とは全く思想が違うので、存命であれば喧嘩ばかりしてると思う(笑)。
ロッキード事件を憂いた養父の気持ちが、今ならわかるような気がします。
政治不安、社会不安。
偉大な指導者を失って迷走する世界など、もう見たくない。
郵政解散選挙以後、少しばかり政治にも注目するようになりましたが、今回の尖閣問題は外交の大問題を孕んでいるので非常な衝撃を受けました。
経済制裁が始まっているだけに、政治に疎い私のような者でも無視することは出来ない。
かといって何も出来ない自分を思い知る。
政治家の無能さを揶揄することはいくらでも出来るけれど、かといって私には何も出来はしない。
せめて祈ろう。
この国に、かの国への怨嗟が満ちないように。
そして、この国の政治が修正されるよう、誰にも惑わされることなく、正しい目が与えられるように。
政府においては、温家宝さんに恐れず見(まみ)えることしか無いでしょう。
マスコミに向けるメッセージがあるならば、菅さんよ、今すぐ中国に飛べ!
地位と目先の利益に惑わされたことには、目を瞑ろう。
対峙する胆力があるなら、今すぐ行動することだ。
「ハテ、んじゃ、アタシのこのぷよんぷよんの二の腕も魅力なのケ?」っと問うたら、ガシっと掴んで、「太いのとぷよんぷよんは違う!」と給うた。
今夜、その意味がわかったような気がしましたよ。ええ。
解体女医が通う、フラメンコスタジオのショーを観て来ました。
生徒さんと先生の発表会です。
始めに登場するのは、まだ経験の浅い生徒さん達による演目で、その中に玄人肌の方が一人・二人入って、文化センターレベルにならないようにアクセントを効かしておりました。
けれど、流石に15年も通う解体女医の演技は、共演者とのステップもカンテの手拍子ともばっちり合っていて、とてもかっこ良かった。こんなアイツを観れたことがとても嬉しかった。
でも、細いんだよね。。。迫力はあるけど、全然セクシーじゃないの(すまん、許せ・笑)。
この日、会場に着いた時はほぼ満席だったので、1階席を探すの諦め2階席で観ることにしました。
サッカーだって、ある程度高い位置からの方が全体がわかるし、、、なんて全然ジャンルは違うのに、そういうもんかなとの期待もあって。
ええ、実際にその通りでしたネー。二の腕の太い人に目が行ってしまう。ふくよかな人に惹かれる。
振り上げる腕も、揺れる腰つきも逞しくて肉感的に見えるんです。どちらも細いとそれだけで弱々しく見えてしまう。
動きのキレがどんなに良くてもね。
衣装に、お腹の線がくっきり見えちゃったり、ドレスの裾を大きくたくし上げてステップを見せる足が太いほど見栄えがするんだから不思議。
メンコって、細身の人の方がコンプレックスを感じてしまうような踊りかもしれない。
多くの踊り子達を観ながらそう思いました。
フィナーレは、解体女医が尊敬して止まない師匠の独演目、Solea。
なかなか手拍子とステップは同時に出来ないらしいので、今回の演目の中でも、あまり見られなかったのですが、この師匠の演技は、本場スペイン人のようでした。
どう見ても普通に歩いているようにしか見えないのに、タタン、タタンと細かいタップを踏んでいるし、メンコの激しい手拍子とタップを同時に、何度も何度も入れ動作の一つ一つが鋭い。
ええ、太い二の腕も素敵でした。
遠慮なく膝上までたくし上げた衣装の裾からは、太ももまで露わになることもありました。
情熱的でありながら憂いをも帯びた曲、Soleaにぴったりの演技でした。
感動と余韻に浸って、帰宅してからステップなど踏んでみたい気分にかられています。
どどん、どどん、と軽い足どりとは程遠いんだけど(笑)。
映像は今日のショーとは全く関係ありません。
けど、このSoleaより、ずっと素敵でしたよ。
先日の9月18日(土)の瑞穂競技場、横浜マリノス戦にこの方がいらっしゃっておりました。
はい、日本代表監督に就任したばかりのザッケローニさん。
この方が見守る中、誰が彼の目に止まるのでしょうか。
その視線の先には、
SAMURAI BLUE の面々ではなく、名古屋開府400年を記念して結成された「おもてなし武将隊」。
試合前のイベントで、武将演舞を披露していただきました。
そしてもう一人。
あ、名古屋のバカ殿(中日ドラゴンズの大ファン)。
ザッケローニさん、このふざけた「ちょんまげ」をつけた人物が、市長だとは思いもよらなかったことでしょう(笑)。
試合終了の10分前に会場を出て、ガンバ大阪とセレッソ大阪の視察のためすぐに新幹線で大阪入り。。。のハズだったのですが、試合が拮抗しており、結局来賓席からタクシー乗り場に姿を現したのは、試合終了の2分ほど前。
その頃は、スポーツ紙各社の記者が、ザッケローニさんを待ち構えて通行禁止エリアを我が物顔で占拠。
まったく!この傍若無人な振る舞いには、毎度毎度頭にきちゃう。
カメラマンと記者とで、総勢15名ほど(ま、地方紙だからね)。
ザッケローニさんと原さんとSPさんが登場すると、こちらの制止も聞かず、金魚のフンみたいにわらわらとついて行くくせに、結局カメラマンが映像を回しただけで、質問する(出来る)記者など一人もおりませんでした。
横暴なワリには、何も出来ないじゃん!w
馬鹿!カス!っと心ん中で叫んで、大いに笑った。
そんなザッケローニさん、確かに記者の質問を一切受け付けない「オーラ」を発していたのだけど、そこは流石にイタリア人。
見送りする女性スタッフには、おそらく覚えたての「ありがとう」を言ってニッコリ。
わはは。人間味のある人ではないかな。
枕はこのへんにしておいて、おそらくザックさんとさほど歳も変わらないと思われる、河村たかし名古屋市長のことを少々。
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