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毎年、学生さんの夏休みの時期になると、我が社はインターンシップを受け入れています。
今年受け入れた学生さん2人は大学3年生で、このインターンシップを皮切りに、秋から就職活動に励むことになるそうです。
2週間ほどの研修期間の内、財務・経理のレクチャーも含まれており、私も例年通り指導を任されました。
うちのような会社に研修に来るのは、大学でスポーツにどっぷり浸かっている学生さんで、当然、希望職種はプロスポーツ会社の運営や企画・広報などの花形部署。
彼らに、財務・税務・経理なんて部署は、はなっから無いのでしょう。
私も簿記とか経理なんて、全く興味が無かったし、そういう授業はサボりの対象でした(笑)。
けど、新卒で採用された会社で、経理部に配属されちゃったもんだから、やるしかない。
バブル真っ只中に時期は、とにかくすぐに使える率先力が求められましたが、「未経験でも可」というクレジットが、経理採用に関してはありました。
それだけ敬遠されてる、嫌がる部署なのでしょうね。
これをある程度身につけたら、こんな時代でも、案外重宝されると思うのだけど。。。
そんなわけで、今年も大学3年生の若者に、接することになりました。
上司に、「我が社の経理のノウハウと、基本的な収支についてレクチャーしてあげて。」
そう言われて、「経理のこと、少しは知ってるの?」と問えば、「ぜんっぜん、わからない」との答え。
はー、毎度のことだけどね。
みんな華やかなところに惹かれる。地味なところなど、興味は無いのだろう。
そんな若者に対して、上司から経理・財務のレクチャーを頼まれて、「無茶苦茶やないかぃ!」っと声を荒げたくなる。だいたい、この上司が、何も判っちゃいないんだから。
なんて悪態を吐いたものの、、、さて、全くわからない者に、どんなレクチャーをしようか。。。
色々考えて、とにかく1ヶ月分の伝票のファイリングをさせることにした。
この月は、スポンサーの売上、シーズンチケットの売上、開幕に向けてのプロモーション費用など、他の月に比べて遥かに(財務)内容の濃い月だったので。
「作業はゆっくりでいいから、とにかく、その伝票に添付されてる請求書が、どういうものか考えてみて。」
そう言い添えると、2人とも熱心に伝票と証憑を読み始めました。
大学では教えてもらえない実務に初めて触れた瞬間でしょう。
最初は、黙々としたファイリング業務に徹していましたが、折に触れて、その手の伝票の内容を説明するうちに、だんだん彼らの方から積極的に質問されるようになり、私も楽しくなってきました。
・それは○○選手の移籍金。
・それは外国人スタッフと選手の社宅料
・それはスカウティングの費用、何時・誰と・何処で接触してるかバレバレでしょ。
もともとこういう業界に興味のある2人である。
あまり外には出ないモノを経理伝票に見出す術を覚えたのか、スポンジが水を吸収するように、素人さんとは思えないような質問が飛び交うようになりました。
目に留まる伝票や証憑が、次第に鋭くなってくる。
こういうのを目にすると、楽しい。現代の若者も捨てたもんじゃない。
実生活で、自分の子供以外の若い世代と交流することなど、まず無いでしょう。
こういう機会は貴重で、出会えるだけでも光栄なことだと思いました。
試合運営にかかる費用、そのプロモーションにかかる費用など、若者達は、書類を手繰るうちに、目ざとくなっていき、「コスト意識」が芽生えてきたように思いました。
優秀だ。非常に優秀だ。
一連の作業を終えて、レクチャーというより「お手伝い」をさせただけのような時間を終えようとした時、研修生の2人が、2009年度のJリーグ全体の収支報告を取り出し
「○○取締役からコレを渡されて、勉強するようにと言われたんですが、全くわからないので教えてください。」
とキタもんだ。
こんな資料をいきなり渡されて、勉強しろだなんて、横暴過ぎる!と○○取締役に対して不信感を抱いたけれど、、、うー、そうか、私に説明させる為だったんだな。。。
B/S(貸借)とP/L(損益)の違いも判らない若者には、当然
経常利益=収入-原価-一般管理費+営業外利益-営業外費用
そんな理解があるワケがない。
収入とはなんぞや、それに対する原価とはなんぞや、否応無しに発生する一般管理費とはなんぞや、
それだけを説明するだけで、2人の若人は、全く興味なかった経理分野の収支に対する意識を変えたようです。
その研修生達の「実習報告書」には、こうありました。
各部署で、業務内容を説明してもらいましたが、今回、経理業務の説明を受けて、お金の流れと業務の流れが一致しました。一試合に、どれだけの人員と、時間と、金銭が関わっているか、その複雑に絡み合った状況と社会的状況の中で、利益を上げることが、どれほど難しいことなのか、とても考えさせられました。
僅か半日だけのことで、こんな感想を聞けるとは思っていませんでした。
大学3年で就職活動開始なんて、勿体無いね。。。
つくづくそう思う。
楽に就職できるような社会に戻したい、このままじゃいけないとは思ってる。
だから自分に何が出来るのか考えてみる。
日本史に滅法詳しい整体師の友人がおりまして、以前、こんなクイズを出されたことがあります。
「日本の、三大原っぱの戦いを挙げよ」
というもの。
うーん、関ヶ原でしょ、戦場ヶ原でしょ、、、うーん、あと一つ?あったっけ?何だっけ?
と大真面目にに考えたんだけど全く思いつかない。
ちぇっ、っとばかりに「参りました、お教えください。ははー。」
と降参したら。
「吉原。女の激戦場。」
っとキタもんだ。
脱力。答えを聞いて思わず大笑いしちゃったんだけど、確かに激戦場だったろうなぁ。
その頃は、浄閑寺のことも知らなかった。
そんな遊び心たっぷりの整体師から、久しぶりにメールが届き、
「初恋の人から手紙が届くらしいよ、やってみそ。」
なんて紹介されたのがこれ
直感でちゃっちゃと答えていったら、やがて手紙が届いた。
それがこれ
http://letter.hanihoh.com/r/?k=10073057944c5261d81646b
初めは大爆笑したものの、読み返してみたら、なんだかリアルで不愉快になってきた。
うーむ、全然シャレになってないかも。。。
どうでもいい反論を。
>そろそろ顔だけで男を選ぶのはやめて(笑)
たまたまそういう人が近づいてくるだけのことです。
>またいつか会いましょう。
やめておきましょう。
>うちに黒魔術の本を忘れていったよね?そのまま持っているので返します。
私のではありませんが、その技なら、非常時には使用出来る域に達していると思うので要りません。
ってなわけで、不本意で不愉快な手紙が届くかもしれませんが、お試しあれ(笑)
ノセられた私が言うのもなんだけど、整体師、相当暇とみえる。。。
愛国心とは、実に不思議な言葉だと思う。字面だけを見ると、そこにはなんら否定的な意味を見出せない。
もともと、「愛国心」の国は、故郷だったのではないだろうか。
故郷を離れ都会に出た者が、生まれ育った小さなコミュニティーを懐かしく回想した言葉だったハズではないのだろうか。
それとも、ずっと以前から、民族中心主義的で、血縁的、排他的な意味合いを帯びていたのだろうか。
だとしたら、「愛」なんて文字を使って欲しくない。
折に触れて訪れる、熱心でストイックなキリスト教徒さんのブログで、某カソリック教会の神父が、毎年8月15日の終戦の日に、信者や友人に靖国参拝を呼びかけて参拝するという愚行を繰り返していると知り、肝を潰した。
この日、8月15日は聖母マリアが他界した、被昇天の日とされている。カソリック教徒にとっては正に「特別な日」で、しかも日曜日ときてるから、日曜礼拝と共に、被昇天の日のための特別礼拝が行うべきところを、神父自らが靖国参拝を呼びかけるなど、この神父の頭ン中は狂気の者のソレと同じと言ってもいいだろう。
イエスの教義は本来一つであるべきで、すなわちその聖典は最も古い聖書のみだと思っていて、中でも、一番大切なのは、福音書や、弟子達の書簡の中に書かれている、イエスの言葉だと思ってる。
そこから分派したしたものなど、伝統あるカソリックであろうが、時代に阿るようにはびこったプロテスタントであろうが、全て虚偽だと思う。
だから、私にとっては、聖母マリアの被昇天の日など信じない。そもそも聖母マリアの神秘性や教義など、聖書の何処にも書かれていないのだから。
私にとっては、カソリック系の教会の荘厳な建造物や、キリスト像、マリア像、絵画は、ただ芸術として鑑賞するのみで、そこに信仰が発露することはない。
しかし、実際にカソリックという分派は歴史的に永く存在していて、私が信仰しているものと比較しても仕方ないけれど、その者は、カソリック教会の神父なのだ。
なぜ、マリアを拝む者が、その記念日に靖国に行くのだ!
ブログを紹介するのは控えますが、その熱心でストイックなキリスト教徒さんが言う、
靖国神社の戦争史に対する理解のあり方は横へ置くにしても、国家神道の神主が儀式を執り行い、宗教法人である靖国神社の拝殿で、御霊(みたま)に向かっての参拝をキリスト教の信徒が集団で為すという考えは理解できない。十戒(※)に抵触しないわけがなく、信徒にとって「御霊(みたま)」とは聖霊(Holy Spirit)以外には存在しない。彼らはキリスト教そのものだけでなく、「カトリック」に限定してもその理解に初歩的な認識の誤りがあまりに多い。彼や彼らの行動、考えには賛成できない。
この意見に賛成する。
イエスは言う。
汝の敵を愛せよ。
汝の隣人を愛せよ。
右の頬を打たれたら、左の頬を差し出せ。
謙虚な子供のようであれ。
他人の罪を赦せ。
過激な右側の人々によって国粋主義の権化と化した「靖国」を、なぜイエスの言葉を知っているハズのキリスト教徒が参拝するのか。
小説家曽根綾子氏も、三浦朱門氏も、毎年靖国参拝している。
山谷えり子氏、麻生太郎氏も、日本基督教団の石破茂氏も皆一応キリスト教徒なのだ。
なぜこんなに簡単に、教義を歪めることが出来るのだろう。
「愛国心」とは要するに、非常に強い攻撃性を伴う排他的思想なのにもかかわらず。
著名人はこんなふうに言っている。
サミュエル・ジョンソン(イギリス人文学者)
「愛国心とは、ならず者達の最後の避難所である」
バートランド・ラッセル(哲学者、ノーベル文学賞受賞)
「愛国心とは喜んで人を殺し、つまらぬことのために死ぬことだ」
そして、私にとって一番効いたのはこれ。
ジミ・ヘンドリックス(ロックギタリスト)
「愛国心を持つなら地球に持て。魂を国家に管理させるな。」
本来なら、宗教家は誰をも恐れず、間違った教義と思想を修正しなくてはならない役割で、政府や日本の世俗的な風潮に靡くべきではない。
人々の寄る辺たる宗教家も教義から離れてしまった。
そりゃ、政治も社会も末期になるわいな。。。
※十戒
モーゼの十戒
一、我は汝の神ヤーウェ、汝をエジプトから導いたもの、我の外何ものも神とするなかれ
二、汝自らのために偶像を作って拝み仕えるなかれ
三、汝の神ヤーウェの名をみだりに唱えるなかれ
四、安息日をおぼえてこれを聖くせよ
五、汝の父母を敬え
六、汝殺すなかれ
七、汝姦淫するなかれ
八、汝盗むなかれ
九、汝隣人に対して偽りの証をするなかれ
十、汝隣人の家に欲を出すなかれ
◆ここのところ養母と過ごしたり、電話で話すことが多くなりました。その度に非情な私は、思い出したく無い事柄を、養母から引き出そうとするようになりました。時折辛そうな表情の養母を見るにつけ、ごめん、ごめん、、、そう謝りながらも、絶対に聞いておかなくてはいけないとだと思うんです。これはただの「エゴ」なのかもしれません。戦争体験者の思い出したくない過去をほじくり返して、再び傷付ける行為は本来赦されるべきものではないと思うけれど、あの戦争を風化させないためにも、事実を残さなくてはいけないと思う。語り部も、世代交代の時期に差しかかっているのだから。年老いた養母の体験談は、時系列も脈絡も関係なくなってきています。だから、記しておきたいのです。
現在、御ん歳81になる養母は、私がまだティーンエイジャーになる前に、戦争体験をよく語っていました。だから小学校低学年でも、ガクトドウイン、キョウイクチョクゴ、ソカイ、ハイキュウセイ、シソーハン、、、なんて語句が、叩き込まれました。意味は理解しなくとも。当時は、養母が戦争体験を延々と語るので、戦争は養母が生まれて青春時代を終えるまで、20年近く続いたのだとばかり思っていました。でも、第二次世界大戦は、わずか4年。大東亜戦争の定義では8年。小娘に、当時の時間軸は理解できませんでしたが、それほど強烈な記憶だったのだろうと、後になってやっと理解できました。
養母の戦争体験として、一番強烈だったのは以前にもブログで書いたこの出来事。でも、当然それだけではありません。
ふたたび、母の戦争体験を少しばかり。
夜になると裸電球に黒い布をかぶせ、わずかな明かりを頼りに一家7人がちゃぶ台を囲んで食事をしていました。ある夜、突然空襲警報が鳴り響き、その日警戒の当番で、新婚2年め、生まれたばかりの赤ん坊を背負った近所の若いお嫁さんが「避難してくださーい、みんな、防空壕へ早く避難してくださいーいッ!」そう叫びながら、民家の戸を叩きまわったそうです。隣組という自治組織において決められた当番さん。隣組の最後の一人が避難するのを見届けるまで、自分が逃げることは出来なかったそうです。それは、そういう取り決めだったワケではなく、他所から嫁いできたばかりの嫁という立場上でもあったのでしょう。若いお嫁さん、、、隣組全員の無事を確認して、自分も防空壕へと逃げる時、B29数機が上空を飛び交っていました。バリバリバリ、、、そんな轟音の中を走る若いお嫁さん。。。誰もが「あともう少しっ、早く、早くッ!!」そう祈りを一つにしていた時、爆弾がそのお嫁さんの首筋に直撃しました。彼女は生まれたばかりの赤ん坊を背負って避難活動をしていました。そのあとは、肉片だけ。
おおきひ骨とちいさき骨、あまたに散らばり、、、
黒い土埃が引いた後の光景だそうな。こういう光景を目の当たりにして、すぐには悲しみも怒りも何も湧いてこなかったそうです。「仕方ないね、はかないね、、、」という無常感だけが、人々の心にあったようです。「明日はわが身」こんな色濃い思いがあったのでしょう。
◆養母は一番楽しいはずの女学生時代を、学徒動員の一環で、午前中は学校へ、午後は飛行機の尾翼を造る軍需工場で働いたそうです。戦局がまだそれほど厳しくはなかった頃は、まだ女学生らしくお喋りを楽しみながら、部品の組み立てをしていましたが、この頃から、学校では、社会と歴史の授業が無くなったそうです。漠とした不安はあったけれど、日本が負けるなどとは露ほどにも思わなかった、、、と語っていました。
それから間もなく、養母が働く工場近辺でも空襲が相次ぎ、ある日、とうとう本格的な爆撃が襲いました。学徒動員生は、真っ先に避難を命じられ、各々が逃げ惑ったのですが、僅かに逃げ遅れた女学生が、爆撃を受け崩壊した建物の下敷きになり、重症を負いました。内臓破裂。彼女と仲の良かった養母は、気が狂いそうだったと淡々と語りました。「一命はとりとめたんだけどね、暑い季節だろう。庶民に渡る十分な医療物資なんて無いから、蛆がわくんだよ。生きながらに、あの娘は腐っていったんだよ。。。ずっと『殺して!殺して!』って叫んでいたのが、可哀相で見ちゃいられなかったよ。。。」
改めて、悲惨な体験だと思います。けど、養母の記憶の端々に、当時差別されていた朝鮮人の姿が見え隠れするのです。彼らは、(少なくとも私の田舎の)日本人のコミュニティーに入れてはもらえませんでした。賎民として、屠殺や、罪人の処刑などを行っていた人々は、忌み嫌われて山深いところで暮らしていました、避難命令など届くはずはありません。彼らがどうなったのか、養母を含め、誰一人語ろうとはしません。戦争の恐ろしさとは、こういうところに現れる。憎しみは憎しみしか生まず、憎しみに還るのみ。
65年も経ったというのに、まだまだ知られざる戦争がありそうです。
◆柄ではないけれど、これでも毎年8月15日は、平和を祈願して真摯な祈りをするようになりました。今年は、民族差別について、遠い昔のことを思い出し、あれこれ考え、一人で悲しみに陥りました。
24年前に留学先のカリフォルニアの寮でルームメイトになったのは香港系の2世の女の子でした。私より2・3歳年上で、数学と政治学だったか経済学だったか忘れたけど、ダブルメジャー(2専攻)のスーパーガールでした。ひょえ~ってなもんです。朝早く起きて、朝食前にひと勉強。夜は暢気な私とは違って、ずっと遅くまで勉強していました。一緒に過ごしたのは1ヶ月くらいなので、あまり思い出はないけれど、とにかく勤勉だったことが印象に残っています。次にルームメイトとなったのが、同い年の韓国人の女の子でした。同じ留学生同士だし、同い年だし、とにかく始めから親近感でいっぱいになり、仲良くなりたくて仕方がありませんでした。
幸運にも、初めて会った時の(私の)印象は悪くなかったみたいだったのですが、ほどなくして、彼女の態度が冷たくなりました。目を合わさない、口を聞かない、こちらが言葉を発しても素気ない、、、というか、「話しかけるな!」オーラを発してるのである。何か気に障ることでもしたのかと、真剣に悩んだのですが、思い当たる節がない。悶々としてる内、ひょんなことから彼女の友達で、同じルートで留学してきている韓国人の女の子と仲良くなりました。寮の食堂で、一緒にご飯を食べながら、きゃっきゃと笑い合うことが増え、ルームメイトとの冷えた関係を埋めてくれるようで、本当に楽しかった。せっかく留学してきたのだからと、教会仲間のネイティブの友人を紹介し、一緒に聖書を読むようになると、彼女達は度々、寮の私の部屋を訪ねてくれるようになりました。そんなある日、また彼女達と一緒に過ごしているときに、ルームメイトが帰ってきて吃驚した様子。「貴方達、知り合いだったの?」「そうよ」なんて、韓国語はまるで判らないけれど、そんなやり取りが手に取れるようでした。彼女達の会話の最後の方で、「週末」「誘われて」「教会」なんて言葉が聞き取れました。すると、あの冷徹なルームメイトが、「ねぇ、私も教会に連れて行ってくれない?」と聞くのだ。。。(韓国は儒教の国でもあるけど、キリスト教も盛んだからね)そんなこんなで、みんなで一緒に教会に行った後のルームメイトは、人が変わったようにイニシエートしてくれるようになりました。お互いの内面的なことも語り合うくらいに。そして彼女は言った。
「日本人と仲良くなりたかったけど、この寮に住んでいる日本人は、皆、乱暴な言葉を使うよね。憧れの国だったけど、幻滅してた。確かに(朝鮮)半島の歴史は’おぞましい’けど、その発端、、、わかるよね?」
「それでも日本人を尊敬してたのに、ここ(寮)の日本人は何?夜な夜な男と出歩いて飲んで騒いで、淫らな噂もたくさん聞くよ。だから、同じ日本人だからって理由で、貴女を敬遠したし、軽蔑した。」
「でも、熱心に教会に通ってるんだね。誤解してた、ごめんね。」
ルームメイトのこの告白を聞いて、なんて真っ直ぐな人なんだろう、と衝撃をおぼえました。吐露するには羞恥を伴う感情を、どうしてこうも正直に告白できるのだろうと、私は彼女を尊敬しました。同時に、海外での振る舞いは、「私」という一個人ではなく、日本人全体として捉えられるものなのだと初めて思い至りました。
彼女は最後まで語らなかったけど、同じクラスの日本人から、相当な嫌がらせを受けていたようです。
「ごめんね、ごめんね、ごめんね」
人づてにそれを聞いて、そんな言葉しか出てこなかった。韓国と日本の暗い歴史も知らなかった、バカな小娘時代のこと。
Kyongjin、元気ですか?どうしていますか?今日は久しぶりに貴女のことが強く思い出されました。
別れ際に、お互い、「i'm gonna miss you!」と言い合いましたね。韓国語ではなんと言うのでしょう?聞いておけばよかった。日本語では、「あなたが居ないと寂しい」というんですよ。
日韓の関係を「ケンチャナヨ!」と一日も早く言いたいと思ってます。
☆追記☆
国民!様が、素敵な歌を紹介してくれました。
実はこの歌、サビの部分しか知らなくて、全部聞いたのはたった今。
この歌に共感しない人は居ないんじゃないかな。。。
アップしときます!
○ 名古屋 3 - 1 浦和 ●
気温 26.9度 湿度 88%
0前半0
3後半1
54分 田中マルクス闘莉王(名古屋)
65分 宇賀神 友弥(浦和)
79分 玉田 圭司(名古屋)
83分 玉田 圭司(名古屋)
この日、全国的に気温は低かったのだけど、湿度88%ってなによ、もう。
ほぼぬるま湯のミストが、常時、まんべんなく注がれているような、愛知県特有のstickyな重量感たっぷりの暑気。
まったく、こんな時にサッカーをするヤツもそうだけど、観に来るヤツも相当な酔狂モンだ!
主催側(グランパス)の関係者は、皆走り回って誰もが汗だくで、ヘバりながらも、この狂気な暑気を楽しんでいました(笑)。
まっとうな思考が失われそうな暑さで、みんなおかしくなったのかと思うほどのテンションの高さ。
何故かっ!!
そう、対戦相手が「浦和レッズ」だから。
浦和レッズにホームで負けるほどの屈辱は無い。
力でねじ伏せられて、我がホームタウンで、何時までも凱歌たるアンセムを聞かされるなんて、真っ平ゴメンである。
このビッグチームの強さに負けてしまうのは、ある意味仕方ないかもしれないけれど、このチームのサポーターに負けるのが嫌なのだ。
昨年は、「We are REDS!」の凱歌をしつこく聞かされて、ビジター席からはるか遠く離れた来賓エリアで、「おまいら、早よ帰りやがれっ!!」っと歯噛みし、地団駄をふみ、悪態をついておりました。
たかがスポーツ、、、なのかもしれないけどさ、ホームゲームを取られるってことは、自陣を失う感が生々しくってさ。
けれど、ふっふっふー。
昨日は、あのじゃかーしい浦和サポを、きっちり黙らせることが出来ました!!
嬉しいよっ!!鯱さんっ!やれば出来るぢゃないかっ!!
昨年の夏に、浦和さんから三都主・アレサンドロくんが名古屋に移籍してきました。
今シーズン開幕時には、同じく浦和さんから、田中マルクス闘莉王くんが名古屋に移籍してきました。
二人の移籍に関しては、選手達が涙を飲むような形だったので、余計に勝ちたいと思ってました。
田中マルクス闘莉王くんは、とにかく取材嫌いで、チーム関係者にも馴染もうとしない人なんです。
浦和を去る時も、物議を醸しそうな発言を残したのですけど、、、。
その彼が、昨日、試合直前に浦和サポさんの前で深々とお辞儀をしたんですよ。
この姿に、流石の浦和ッズサポも、ブーイングは出せなかったみたい。
やってくれるね。
そして試合では、後半で1ゴールゲット!
浦和さんにしてみれば、闘莉王による1得点は、他選手による3得点と同等くらいの意味ある一点。
もう、この時点で涙腺がユルんじゃいました。
冷や冷やする場面も多々ありましたが、その後は久しぶりに玉田くんが2発決めてくれました。
毎度毎度思うんですが、何故この人はシンプルなゴールではなく、難しいミラクルショットばかりなんでしょうね。。。
妖精監督のこんな柔和な表情は久しぶりです。
会見はクールに決めたようですが、内心は本当に嬉しかったのでしょうね。
ちょっといい写真デス。
試合後、名古屋のゴール裏は、当然お祭り騒ぎ。浦和サポさんは、選手達に厳しいブーイングの嵐を浴びせるのかと思いきや、名古屋のアンセムに負けないほどのコールを送っていました。
こういうの、堪らないね。
こちらは粛々と担当業務の片付けをしていたんだけど、急に、浦和サポさんのボルテージが再燃焼。
「浦和レッズ!!浦和レッズ!!」の大コールに、何事かと思ってみると、、、浦和サポさんの前には、闘莉王くんと三都主くんの二人が、揃って挨拶してました。
実は、86分に金崎くんに変わって三都主くんがピッチに立った時、彼に浦和ゴールネットを揺らす、止めの一弾を放って欲しいと思ってたのですが、二人の浦和サポさんに対する挨拶を見て、浦和サポさんの二人に対する変わらぬ熱いコールを聞いて、恥ずかしくなりました。
まったく、闘莉王くんのツンデレぶり圧倒されちゃうよ。
これは卑怯だな!(笑)
そうだ、最後に小さな小さな声で。。。
首位になっちゃいました。。。
くふふふふふ。
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