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傲慢で排他的なヒエラルキーに毒された(キリストの)教会と聖職者を、横暴と欺瞞に満ちた自身の浅はかなプライドのために糾弾し、断罪し、最も忌み嫌われる「裁き」を下す振る舞いをし、信仰に背いていることも解(かい)せぬ信者が言う「神の子」など、私は信じない。そんな見下げた外道が言う宗教上の救世主なら要らない。教会という集団から離れ、指導者からの呪縛を解かれたとたんに、イエスの教義をも否定するキミ等の軸は、一体何だというのだ。
腐敗し、糜爛した者どもが、あくまでも「イエスは神の子」と言うならば、私は彼を【革命家】だと位置づけたい。
 
聖書に対するニーズが高まっている勢いで、再び聖書考。
盲目的な信仰から離れて、俯瞰的に。
決して上から目線ってことでは無いので、、、念のため。

キリスト教を信仰する者でなくとも、これまでの人生のうちに、一度くらいは聖書の言葉に触れたことのある方はいらっしゃると思います。
さて、その時に、イエス・キリストをどう感じたでしょうか?
私の場合、常に無抵抗で愛を説く「優しい方」であり、残念ながら力強いイメージはありませんでした。
(磔刑のイエス像は、それだけで弱々しさを物語っていると思うんです。だから嫌なんです。)

けれど、そのイメージが一変し、非常にラディカルな人物だったのだと思ったのが、留学時代に日曜礼拝した時の牧師さんの説教(preah)でした。
イエスがヨハネから洗礼を受けた直後、悪魔の誘惑を退ける場面です。

まず、日本語で紹介しますね。

さて、イエスは、悪魔の試みを受けるため、御霊に導かれて荒野に上って行かれた。
そして四十日四十夜断食したあとで、空腹を覚えられた。
すると試みる者が近づいて来て言った。「あなたが神の子なら、この石がパンになるように、命じなさい。」
イエスは答えて言われた。「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる。』と書いてある。」
すると悪魔はイエスを聖なる都に連れて行き、神殿の頂に立たせて、言った。「あなたが神の子なら、下に身を投げてみなさい。『神は御使いにたちに命じて、その手にあなたをささえさせ、あなたの足が石に打ち当たらないようにされる。』と書いてありますから。」
イエスは言われた、「『あなたの神である主を試みてはならない。』とも書いてある。」
今度は悪魔は、イエスを非常に高い山に連れて行き、この世のすべての国々とその栄華を見せて、言った。「もしひれ伏して私を拝むなら、これを全部あなたに差し上げましょう。」
イエスは言われた。「引き下がれ、サタン。『あなたの神である主を拝み、主にだけ仕えよ。』と書いてある。」
すると悪魔はイエスを離れて行き、見よ、御使いたちが近づいて来て(イエスに)仕えた。

 

マタイ伝 : 4章1-11節

英語だとこうなります。

Then Jesus was led by the Spirit into the desert to be tempted by the devil. After fasting forty days and forty nights, he was hungry. The tempter came to him and said, "If you are the Son of God, tell these stones to become bread." 
Jesus answered, "It is written: 'Man does not live on bread alone, but on every word that comes from the mouth of God.
Then the devil took him to the holy city and had him stand on the highest point of the temple. "If you are the Son of God," he said, "throw yourself down. For it is written:
   " 'He will command his angels concerning you,
      and they will lift you up in their hands,
   so that you will not strike your foot against a stone.
Jesus answered him, "It is also written: 'Do not put the Lord your God to the test.
Again, the devil took him to a very high mountain and showed him all the kingdoms of the world and their splendor. "All this I will give you," he said, "if you will bow down and worship me.
"Jesus said to him, "Away from me, Satan! For it is written: 'Worship the Lord your God, and serve him only.
Then the devil left him, and angels came and attended him.

 

Matthew 4:1-11

引用した「マタイによる福音書」は、日本語でも英語でも同じ意味です。
けれど、英語で聞いたpreachは、牧師さんがイエスと悪魔のパートを声色で変化させ、どちらも怒気をもって叫ぶ「対峙」の場面でした。
日本語の聖書に書かれている丁寧語は、その緊張感と気迫を奪ってますね。

この場面を初めて読んだ時は、悪魔が丁寧語を使っていることに、もの凄く違和感を覚えました(笑)。
これじゃ悪魔の誘惑の恐ろしさは伝わってこないのだけど、四十日間の断食の後、弱っているハズのイエスの断固たる対応でその誘惑の厳しさを少し想像は出来ました。。。。が、英語による説教(preach)で、印象は一変しました。

この一文を紹介したのは、イエスは決して無抵抗の弱々しい人(神)の子ではなく、力強い革命家だったのではないかと思うに至ったから。
生粋のクリスチャンからお叱りを受けそうですが、教会を離れ(信仰を捨て)た者は、こういう解釈も出来るというか、、、罪の意識から逃れたいがための独自思想なのかもしれません。
これも一種の脱構築思想なのかな(笑)。

◆ナザレのイエス
イスラエル(現パレスチナ自治区)の、とりわけ貧しい地区であるナザレで、イエスは誕生しました。
紀元前10世紀頃までのパレスチナは、ダビデ王とソロモン王の善政により栄華を極めましたが、やがてローマ帝国によって滅ぼされ、圧政に苦しむことになります。
民衆は、20%以上の直接税(所得税)に加え、多岐に渡る間接税の重さに苦しみました。ローマ帝国および、ローマ帝国によるユダヤの傀儡政権は、経済至上主義を唱え、富める者はあらゆる手段で貧しい者から搾取と収奪を続けます。民衆に救いを与えるべき宗教家(司祭)は、快楽に耽りながら、所得(徴税後)の10%以上の献金を求めました。被虐者たる民衆が不満を増大させていた時代に、イエスは誕生しました。
(まるでどこかの国のようです)

◆支配下からの脱却、救世主(メシア)待望論
当時のイスラエル(現パレスチナ自治区)では、厳しい税制の他にも、民を苦しめたモノがあります。
それが律法。異国(ローマ帝国)の統治となっても、ユダヤの律令は変わらず遵守されるべきとして、民衆は厳しい戒律下におかれ、破戒する者、異論を唱える者は、ヒエラルキーによって保護された聖職者・律法学者達が弾圧しました。こうして民衆によるメシア待望論が高まっていきます。
(やっぱりどこかの国のようです)

◆12人の使徒の忠実性
ペテロ・アンデレ・ヤコブ・ヨハネ・ピリポ・パルトロマイ・トマス・マタイ・アルバヨの子ヤコブ・タダイ(ユダ)・シモン・イスカリオテのユダ
これらの人はイエスが弟子として選出した人々なのですが、イエスの生涯を記し新約聖書の福音書として編纂されたハズのマルコとルカの名前が無い!
イエスを裏切った「イスカリオテのユダ」は12使徒に認定されているのに。

最も古いといわれているマルコの福音書が書かれたのは紀元70年頃と言われていて、イエスの死の40年後です。そして、80年頃にルカの福音書、85年頃にマタイの福音書、90年頃のヨハネの福音書と続きます。迫害を伴う布教活動は辛酸を極めていたので、容易にイエスの活動記録を纏めることは出来なかったでしょうけど40~50年の歳月は永過ぎではないでしょうか。どれもわずか50頁ほどの書なのですから。その陰にイエスの教えを利用しようとした、地位に固執したい律法学者や司祭が、はるか後に俄かに新約聖書の編纂を急がせたようで、何かそうすべき理由があったのではないかと穿った見方もできます。イエスの多くの弟子達は実はそれほど忠実ではなく、時の施政に都合良く買収されたのではないかと、考えられなくもないわけです。

少しばかりミステリー作家になった気分で、当時の時代背景を鑑みながら、聖書の信憑性を考査してみたいと思います。

新約聖書は、イエスの12使徒ではなく、むしろ迫害していた「パウロ」という人物の書簡がほとんどなんです。
パウロは厳格な律法遵守のユダヤ教徒(パリサイ派)で、大祭司から書簡を預託されるほどのエリート中のエリートでした。それが、蘇生後のイエスに出会って回心し、12使徒以上にイエスの教義を布教しました。
最終的には殉教しましたが、それまでに何度も捕縛され、その度に拷問を受けたとされていますが、他の教徒に比べて意外と自由なんです。捕縛されている間に、仲間に送った書簡は新約聖書に収められていますしね。

キリスト教徒の間では、パウロは最も力強く(ラディカル)に語った【聖人】とされていますが、実は司祭と律法学者が放ったスパイではないかとの疑念も湧いてしまうのです。

イエスの出現によって威厳を保てなくなった政府と司祭が、一介の田舎の大工の倅が説く、民衆の支持を受ける教義を自分達のものにしてしまおうって、永い月日をかけた陰謀の結果がパウロなのではないかなぁ。。。
なんて思いかえす今日この頃。

教会に通っている時も、「イエスは神の子ではなくって、革命家だったんじゃないの?」と言ったことがありましたが、もの凄く怒られました。。。
たとえ彼が神の子だとしても、「革命家」には違いないと思うんだけど、違うのかな。

聖書は、世界史のオリエント史とローマ史を読みながら紐解いていくと、非常に面白い。
壮大なミステリーを、あれこれと思いついてしまいます。

聖書熱が冷めやらぬうちに、またエントリーをあげたいと思います。

そうそう、私は「神」の存在は信じますが、願いを叶えてくれるとは思っていません。^^
同時に「神」は白いお髭を生やして、白い衣を纏い、杖を持って世界を統治する実態のある者だとはサラサラ思ってません。^^


 
エントリーには全く関係ないけど(笑)、最近ちょこっとアクセスが増えたので「んんん?」っと怪訝になって調べてみたら、「夏目漱石 こころ」の検索結果によるものでした。

はっはーん、夏休みの読書感想文対策なのかしらん?

ま、アタシが書いたものなど、コピペの価値はないけれど、考えるヒントは与えているかもしれない。
ふっふっふー、考査のヒントを探すのは結構だけど、若人よ、あらすじを探すなかれ。ちゃんと読むんだぞっ(笑)。
 

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◆昨年の8月7日、急に思い立って広島に行ってきました。あれから早くも1年が過ぎたのだと、しばし短い旅に思いを馳せました。旅先で大量の涙を流すなど本来は無いはずなのだけど、泣いてばかりの旅になりました。今年は記念式典に、、、と思っていましたが、諸事情(少々多忙です)で適わず諦めました。出勤前に、NHKで放映されていた式典の、秋葉広島市長の平和宣言と、小学生の平和への誓いを聞きながら、昨年訪れた平和記念館を思い出し、化粧してるってぇのに涙がこぼれてきました。原爆の惨禍と不幸と悲苦を分かち合い、語り継いできた人々の生きた言葉でした。心のこもった言葉でした。それなのに、わが国の首相の言葉のなんとわざとらしくて軽いことよ。被爆者への保障の拡大?本当にそう思ってるのでしょうか、お得意のリップサービスではないのでしょうか。側近か官僚が書いたと思われる言葉を述べた首相は、間違ったことは言っていない。けれど、たぶんあれはあの時初めて読んだものなのでしょう。嘘臭い。心に届いてこない。本当にあの言葉が本心ならば、聴衆は立ち上がって拍手するところじゃないかと思うのです。せっかく感動した後なのに、だんだん腹が立ってきてイライラが募ってきました。そんな気分で出社すれば、媚び男とチャラ男と自己中女がやたらと鼻につき出して、イライラに拍車がかかりました。「こんな気分では、周りに当たりちらしちゃうかもしれない」と考え、今日はとっとと早退(フレックス)してきました。こんなことなら広島に行けば良かったと考えたら、今日の一日が勿体無くて仕方がありません。嗚呼、イライラ。

◆先日の大阪での幼児2人が、母親の育児放棄の末に亡くなった事件の続報を追っていたのですが、100歳以上の高齢者の所在不明が各地で報告されているという報道にかき消されてしまいました。こちらも剣呑な事象です。事件か事故か、それは判りません。所在不明の理由が判らないと言う親族もいれば、言いたくないと言う親族もいます。刑事事件性は無いとしても個人的な事情もあるだろうし、年金欲しさに死亡を隠していた家族も居るかもしれません。けれど、この一報を聞いた政府のこの発言は何でしょう?
 

「法改正も検討」高齢者不明で官房長官


仙谷官房長官は5日午前の記者会見で、全国で100歳以上の高齢者の所在不明が相次いでいる問題について、関係閣僚の間で対応を協議する考えを示した。
また「個人情報の保護の問題が(所在確認の)阻害条件に使われているとすれば、そのことも含めて考えなければいけない。失踪(しっそう)宣告が出ていないことによって年金が支払われているとか、そういう場合は法改正を含む何らかのものが必要かもしれない」と指摘し、関連法の改正も検討する方針を示した。


私たちは報道される(報道を許されている)事柄だけしか知ることは出来ません。なので、仙石官房長官が語ったのは、これが全てではないかもしれません。切り取られた部分があるのでは?或いは全く無いのかもしれませんが。高齢者の所在不明について、いみじくも国民の代表たる政府が、まず言わなくてはいけないのは、所在不明者の安否であり、捜索指令ではないでしょうか。何故いきなり年金の受給の有無について語るのでしょう。こういうところに人間性が滲み出てきますよね。東京都知事ナドは「日本人も堕ちるところまで堕ちた」と御言葉を発せられました。卑しい心で汚い舌で語るな!社会保障削減の口実にもなり得るこの報道は、本当にウンザリします。嗚呼、イライラ。
 
◆こんな日は自分を鎮めようと、誰にも邪魔されない自分の部屋で、静かに大人しくビールでも飲みながら、平和記念式典の続報を探していたら、またもや不愉快な記事を見つけてしまいました。

エノラ・ゲイ機長遺族は不快感=大使出席、「無言の謝罪」-米

 【ワシントン時事】広島に原爆を投下した米軍B29爆撃機「エノラ・ゲイ」の機長ポール・ティベッツ氏(故人)の息子は5日、CNNテレビに対し、オバマ政権が平和記念式典にルース駐日大使を派遣したことについて、「そうすべきではなかったと思う」と不快感を示した。
 アラバマ州在住のジーン・ティベッツ氏は、電話インタビューで、「これまで一度も行われてこなかったのに、なぜ今になって(代表団を)送るのか分からない」と批判。米政府は原爆投下に謝罪していないが、「無言の謝罪かもしれない」と述べた。
 また、原爆投下が戦争終結を早め、多数の人々の命を救ったとして、「当然、正しいことをした」と話した。(2010/08/06-10:02)

アメリカ国民の多くは、まだ原爆投下という人類史上最大の罪を、『戦争終結を早め、多数の人々の命を救ったとして、「当然、正しいことをした」』と考えているのでしょうか。
この方は、自分が住むアメリカが世界中で紛争を引き起こし、掻き乱していることを知っているのでしょうか。戦争の早期終結のためには、例えば、パレスチナやイランに、核が投下されても「正しい」と思っているのでしょうか。
この方の父親(ポール・ティベッツ・故人)は、かつてこう語りました。

戦争には倫理など存在しないのだ。子どもを殺す。女を殺す。老人を殺す。それが戦争というものだ

米国の名コラムニスト、ボブ・グリーンが「人類史上最も暴力的な行為によって第二次世界大戦を終結させたパイロット」にインタビューできたのは1998年のことだ。男の名はポール・ティベッツ。
 B29爆撃機「エノラ・ゲイ」を操縦して広島に原爆を投下した機長は、耳に補聴器を付けた83歳の老人になっていた。重い口を開いた。「原爆を投下し、私は機体を旋回させた。地上に目を落とした。街はなくなっていた。もはや人影はなかった。あったのは…焦土だけだ」(「デューティ」山本光伸訳、光文社)。
 すさまじい殺りくと破壊だった。「世間は私に涙を流すべきだと考えた。残りの人生を泣きながら暮らすべきだと。彼らは理解していない」「あえて言おう。戦争には倫理など存在しないのだ。子どもを殺す。女を殺す。老人を殺す。それが戦争というものだ」。
 グリーンが尋ねる。原爆の惨禍に苦しんでいる人はあなたたちがもたらした破壊行為はどんな勝利にも値しないと考えているが、彼らは間違っているか?「間違っていない。当然とさえ思える…。だが私は彼らとは異なった立場であの日にかかわっていた」。
 ティベッツの愛車はトヨタだった。「気に入ったから購入した。何の含むところもない」。おかしな気分になりませんでしたか?「全くなかった。私は日本人に敵意を抱いたことは一度もない。われわれの敵は日本政府という体制だったのだ」。日本人は、核を使用した体制といまだ核にしがみつく体制を憎む。

では問います。
いつの時代も、各国を無理矢理戦争という舞台に引きずり込むアメリカ政府の倫理とは何ですか?
あの時、日本政府を憎んだ貴方が、罪無き一般人の頭上に原爆を投下した理由は何ですか?

同時にこの問いを、日本は中国や韓国、北朝鮮から突きつけられていることを忘れてはいけません。
もちろん、それとこれとは別に考えなくてはいけませんが。。。
今日はだめだ、嗚呼、イライラ。


 
静かに鎮魂と平和の祈りを捧げなくてはいけないのに、何たる俗物!

私も鶴を折ろうかな。。。
 

He called a little child and had him stand among them. And he said: "I tell you the truth, unless you change and become like little children, you will never enter the kingdom of heaven. Therefore, whoever humbles himself like this child is the greatest in the kingdom of heaven. "And whoever welcomes a little child like this in my name welcomes me. But if anyone causes one of these little ones who believe in me to sin, it would be better for him to have a large millstone hung around his neck and to be drowned in the depths of the sea. "Woe to the world because of the things that cause people to sin! Such things must come, but woe to the man through whom they come!
Matthew 18:2-7
 
「それでは、天の御国では、だれが一番偉いのでしょうか。」

そこで、イエスは小さい子どもを呼び寄せ、彼らの真中に立たせて、言われた。「まことに、あなたがたに告げます。あなたがたも悔い改めて子どもたちのようにならない限り、決して天の御国には、はいれません。だから、この子どものように、自分を低くする者が、天の御国で一番偉い人です。また、だれでも、このような子どものひとりを、わたしの名ゆえに受け入れる者は、わたしを受け入れるのです。しかし、わたしを信じるこの小さい者たちのひとりにでもつまづきを与えるような者は、大きい石臼を首にかけられて、湖の深みでおぼれ死んだほうがましです。」
マタイ伝 18章2-7節

最近、聖書へのニーズが高まっており、鼻白まれるのを承知で上のマタイ伝を引用しました。
教会を離れて15年以上経ちました。厳しい訓戒から解き放たれ(逃げたんですけどね)、ずっと聖書を開くことすら忘れていたのですが、3年ほど前から折りにふれ、また開くようになりました。
荒んだ社会に馴染まないよう、取り込まれないよう、そんな思いが聖書に向かわせます。

これが私の軸なのです。

笑いたくば、大いに笑っておくれ。
そして笑うなら、貴方の軸が何であるかを、大いに語っておくれ。

大阪で、母親が3歳と1歳の子どもを育児放棄の末に死なせたという悲惨な事件がありました。
こういった育児放棄や幼児虐待は常態化しつつあり、隣人も、親・兄弟(姉妹)ですらも、気に留めなくなってしまった昨今は、異常過ぎると感じます。

幼子が居た部屋は、真夏だというのに締め切られ、「死」の概念すら知らないであろう彼らは、コト切れる間際まで、「ママ、ママ」と叫び続けたのではなかろうか。
幼子が絶望を体感し得るとは思えないけれど、呼び声が響くようでやりきれない。
呼び声だよ、、、悲痛な呼び声だよ、、、。

幼子を見殺しにした若い母親にも、諸々の事情があったのだろうと思い巡らすことは出来るけれど、狭い部屋に置き去りにしたことは許せない。
養護施設に預けるとか、両親に託すとか、出産した病院にでも、警察にでも、寺院や教会にでも、隣人にでも、駆け込むことすら思い浮かばなかったのだろうか。放置すれば死んでしまうことくらい判っていたはずなのに。
そんな判断が出来なくなるほど、ホスト遊びが楽しかったのでしょうか。
人の欲望の、なんと罪深いことよ。

しかし、思う。子どもの扶養義務は普通なら両親にあるけれど、社会全体で子どもを育て、護らなければいけない。そういう意識が、私が子どもの頃には色濃く残っていたのだけれど、最近は薄れてしまったのでしょうか。
田舎のコミュニティーを少々堅苦しく思うことはあったけれど、周りには常に大人が居て誰もが声をかけてくれていました。
そういう社会でなくなってしまったのは何故なのでしょうか。
人付き合いは時には面倒なことでもありますが、過干渉と言われることを恐れるあまり、幼子を見殺しにしてはいけない。
人の命における責任は、多重的であると思います。
弱者を社会全体で護るという意識を、全ての人が持たなければいけないと思います。
その先頭に立つべき者は、政府であると思うのだけど、何故か弱者切り捨てに関して何の痛みも感じないような人物が選出されてしまっています。
非常に嘆かわしい世になったものです。

上掲のマタイ伝の解説を少し。。。

イエスは常に、社会的弱者・被虐者・を哀れみ、慰め、癒し、愛しました。
その中でも特に、幼い子どもを愛しました。
何故か?
それは打算も虚偽も無い、無垢な心でもって、愛を渇望するからだと解釈します。
愛とは言葉であり真理であり、神でもあります。
十分な知識も教養も無い幼き者を、イエスは「一番偉い者」として尊びました。
言外に、尊ぶべき、庇護すべき優先順位を語ったのです。
(余談ですが、イエスが幼子を「一番偉い者」と語ったことにより、カソリック教徒が言う【原罪】は存在しません)

私は子供を育てたことは無いけれど、仕事柄多くの子供たちと接しています。
何らかの事を一人で出来ない子を見つけて、「手伝ってあげて」と言葉を添えるだけで、驚くほどに周りの子供たちは協力し始めます。その日初めて会った者に対しても、親切に接するのです。
その優しさのポテンシャルを誰が奪うことが出来ようか?

幾百年の時代を経て、聖書のような、社会全体で子供を育てるという教えは色褪せてしまったのでしょうか。

否!否!否!

今一度、小さき者が幸せのうちに生活出来る環境を考え、社会に生きる大人一人一人が、彼らの成育を手助けしなくてはいけないのではないでしょうか。
この少子化社会に、せっかく生まれてきた子供たちを、大人の身勝手な思考による虐待で死なせることを阻止するのは当然ではないでしょうか。

聖書にはイエスが起こした奇跡が数多く記されています。
病人が治癒したとか、死者が蘇ったとか、障害が霧散し、餓えを満たしたとか。。。
それらの奇跡を実際に見たわけではないので、それが事実かどうかはわかりませんが、イエスは、困難に打ちひしがれる者達に、生きる活力を与える言葉を語ったのだと思います。
障害が治ったのではなく、障害をものともしない活力を与えたのだと思います。

困難に直面している人々には、そういう言葉に出会って欲しいと思う。探して欲しいと思う。

心が乱れて思考が纏まりません。

昨日、気が付けば誕生日だった。
私の命と引き換えに、命を落とした実母を偲ぶ。

 誕生日 すなわちそれは 母受難の日

子を思う母の気持ちでさえ、現代的な己の欲望ゆえに変貌してしまったのでしょうか。
この事件の加害者たる、二人の幼子の母親のブログを見ました。
この母親は非難されて当然だけども、そのブログに書き殴られたコメントの汚い言葉の多さにも失望します。

阿Q正伝の情景との相違が見出せない。
すなわち、正に同系の世界を生成したということ也。

この母親は、我が子が腐敗し融解していくのをどう見たのだろう。

哀しい。
哀しい。
哀しい。



 
 
ラウルがレアル退団=ドイツかイングランドへ―スペイン・サッカー

【ロンドン時事】サッカーのスペイン1部リーグ、レアル・マドリードは26日、同国元代表FWラウル(33)の退団を発表した。現役続行の意向で、シャルケ(ドイツ)やイングランドのクラブへの移籍に向けて交渉する。
 ラウルは1992年にレアルの下部組織に入り、94年に17歳でトップデビューして以来、レアルでプレー。6度の国内リーグ優勝や3度の欧州制覇に貢献し、通算741試合出場、323得点はクラブ歴代最多。スペイン代表でも歴代最多の44得点をマークしているが、2006年10月以降代表から遠ざかり、同国が初優勝したワールドカップ(W杯)南アフリカ大会には出場しなかった。
 長年、クラブの象徴的存在として主将も務めてきたが、昨季はチームが大型補強をしたあおりで、出場機会が減っていた。ロイター電によると、本拠地サンティアゴ・ベルナベウで記者会見したラウルは「きょうはとてもつらく、難しい日だ」と涙ながらに語り、「まだ選手は続けられる。自分の未来はドイツかイングランドにある」と話した。


ラウルー、ラウルー大好きだよぉ!
いつかはこんな日が来るとは思っていたから、仕方ないと思いつつも、残念でたまらない。
ペレ、ケンペス、マラドーナ、ジーコ、ジダン、、、素晴らしい選手はいつの世にも存在したけれど、ストイコビッチよりも、木村和司よりも、三浦和良よりも、中田英寿よりも、誰よりも好きな選手です。

2006-07-15.jpgこれといって特別に超絶技法を持っているわけでもなく、超人的なスピードも上背も無い。
蹴球界を知らない人は、あまり目を止めないかもしれない。
私などがサッカーのことを語るのは、100年早いと言われそうだけど、ラウルの凄さは、抜群のセンスだと思います。これを動物的な勘というのかな、華麗なるゴールを数えれば、ストイコビッチの方が勝ると思うし、ロナウジーニョのパフォーマンスの方が勝ると思うのだけど、地味~に、一瞬のチャンスを必ず決めてくれるのがラウル。

あの銀貨系軍団のレアル・マドリードの入団が、17歳4ヶ月。しかもいきなりトップチームに所属。以来、20年をレアルとともにして来た彼が、いよいよ退団って現実に、時流を感じ、きっと本人が一番ソレを感じていて、寂寞の最中にいるのだろうけど、ラウルが語ったレアルでの送別会での言葉に、思わず泣いてしまったよ。

送別式でのラウルの言葉

この言葉の中で、ラウルは何度「ありがとう」と述べているだろう。
一番心を打たれたのは、

最後に、僕の心の奥底から僕の家族に感謝を述べたい。なぜなら彼らに感謝しなければ、サッカーなど何の意味があるのだろうか。

彼は、自分のためだけにサッカーをしていなかったんだ。
かっこいいなぁ!!

どんな時も、ゴールを決めるために泥臭く(我武者羅に)立ち回ったけれど、彼は常にジェントルマンでした。
対戦相手の粗暴な選手に倒されても、その選手が手を差し伸べる、そうせざるを得ないほど紳士的で尊敬される選手でした。

だからこそ、レアルからの「解雇通達」のような退団なんだけれども、感謝の言葉であふれたコメントが出てくるんだよね。
このコメントを読んで、こちらも「ありがとう」と言わずにはいられませんよ。

うーん、次の移籍先、、、ドイツとイングランドなんて決めつけないで、日本の「名古屋」とか視野に入れて欲しいなぁ(個人的願望)
それはともかく(笑)、さらなる飛躍を祈るばかり。



ラウルにとって、レアルがmotherlandなんだな、、、と思ったらこの曲が浮かんできました。
ご機嫌に行こう!!
先々週末に梅雨明けして、やっとじめじめした季節とお別れだと喜んだのも束の間。
今度は暑過ぎる夏到来。
名古屋地方は連日の35度を超える気温で、流石にぐったりです。
そんな中でサッカーの試合なんて、興味が無い方から見ると「酔狂」以外の何物でもないようにしか映らないでしょうね(笑)。
今更ながら24日(土)の清水戦なんだけれども、試合レビューと言うワケではなく(業務上あまり観てないので)その暑き一日を振り返った感想を少し。

試合は午後7時からだったのですが、私たちスタッフは、少なくとも2時間半前に会場入りをします。
運営や広報はもっと早いけれど。
ところがこの日は、「エコキャンペーン」と称して、試合会場周辺の清掃活動を、サポーターに呼びかけて社員と共に実施しました。
それが午後2時半のこと。
その時間の暑さと言ったら、地面に卵を落としたら目玉焼きが出来ちゃいそうな具合。
けれど、鯱愛に満ちたサポーターさんは協力してくれるわけ。涙が出ちゃうよ、まったく。
日陰でじっとしていても汗が吹き出てくるくらいの暑さなのに、炎天下で清掃活動をしてくれました。
天候を見て、「熱射病の危険性のため、今日は中止」とアナウンスしてもおかしくなかったくらいなのに。
暑さにめげない、熱い気持ちを見せていただきました。
活動後にミネラルウォーターを配ったのですが、決して十分に冷えてはいない飲料に、皆、大喜びしてくれました。

「ありがとう!」

なんて言ってくれたけれど、お礼を言うのはこっちの方。
なにしろこの暑さだもん。体調を崩す危険性もあるのに、協力してくださったサポさんには、本当に頭が下がります。

清掃活動を終えて、それぞれが試合の準備に入ったのですが、試合開始前に、気分が悪くなったスタッフを3人見かけました。
そのうちの一人は会場警備のアルバイトの若い男性で、救急車で病院に搬送されたのですが、その後の容体が伝わってこないので心配しています。
それにしても最近の暑さは異常ですね。夏生まれの私は、太陽がギラギラ照りつける夏の暑さが大好きなのですが、毎年暑さが増しているように感じるのは私だけじゃないんじゃないかな。。

試合運営を委託してる会社のアルバイトさん達の控え室に行くと、「塩キャンディー」が用意されていました。
私もこの日は、3Lくらいのスポーツ飲料や水を摂取しましたが、全て大量の汗となって流れた感じ。
試合が終わり、片付けをして帰宅したときには、自分が雑巾になったような気がしました(笑)。

夏場の試合時、鯱チームの女性スタッフは、ルコックのポロシャツに黒のスラックッスなのですが、ポロにはポケットが無い!
毎度セレモニー対応で汗だくになるアタシは、これじゃ困ると、ルコックのサイクリング用アウターを購入。
大きなバックポケットがあり、ボールペン、携帯、ハンドタオルがすっぽり入るばかりか、どんなに汗をかいてもメッシュ素材で速乾性がある優れものです。気に入りましたね~。

クールビズで、ポロシャツを着るくらいなら、機能的なサイクリングシャツをお薦めしますよ。

Ladies
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えっと、、、清水さんとの試合ですか?

3-3の引き分けでしたけど、何か?


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