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私は人間をはかないものに観じた。人間のどうすることも出来ない持って生まれた軽薄を、はかないものに観じた。

夏目漱石の「こころ」は、以前に読んだことがあります。中学3年か高校1年の頃だったと記憶していますが、わりと正確にその頃だと思うのは、この小説が全く響かない年端だったからだと思います。高校2年以降であれば、主人公の父親が病に倒れ、闘病し、周囲が見守る情景を、全く覚えていないハズは無いですから。現代国語の教科書に載った一部分を、試験対策程度に全文を読む気になっただけに違いないと思います。・・・にしても、この小説はたかが中学生・高校生に理解するのは到底無理ではないでしょうか。少しばかり世間を知り、歴史認識が出来た大人の小説だと思いますので。
まず、文章が「美しい日本語」だと気づく年代でなければ、読む資格さえ無いように思うのです。

新潮文庫の400頁足らずの分量なのだけど、20箇所くらいマークしました。
有名な純文学ですので、あらすじは述べるまでもないでしょうけど、

主人公が「先生」と慕う人物の、罪の告白と自殺のお話。

「先生」が親友Kに、下宿先のお嬢さんに恋慕していることを告白され、同じくお嬢さんを慕っていた「先生」は、少々汚れた策をもってKにお嬢さんを諦めさせ、その結果Kは自殺し、お嬢さんと結婚した「先生」は、後々まで罪の意識に苛まれ、ついに自殺する。

この小説は、あらすじだけを追っていては全く真相に近づけません。
夏目漱石(主人公)の生きた時代、受けた教育、当時の地方と大都会東京、そんな情景を自分の祖父母に重ねながら読むのが正しいと思います。

あとは、表現力に圧倒され思わずマークした箇所を抜粋します。

◆先生は始めから私を嫌っていたのではなかったのである。先生が私に示した時々の素気ない挨拶や冷淡に見える動作は、私を遠ざけようとする不快な表現ではなかったのである。痛ましい先生は、自分に近づこうとする人間に、近づくほどの価値のないものだから止せと警告をあたえたのである。他(ひと)の懐かしみに応じない先生は、他(ひと)を軽蔑する前に、まず自分を軽蔑していたものと見える。(p16)

◆人間を愛し得る人、愛せずにはいられない人、それでいて自分の懐に入ろうとするものを、手をひろげて抱き締める事の出来ない人、 - これが先生であった。(p22)

◆「私は世の中で女というものをたった一人しか知らない。妻以外の女は殆ど女として私に訴えないのです。妻の方でも、私を天下にただ一人しかいない男と思ってくれています。そういう意味から云って、私達は最も幸福に生まれた人間の一対であるべき筈です」(P34)

◆「君、黒い長い髪で縛られた時の心持を知っていますか」(p43)

◆先生の頭の中にある断片として、その墓を私の頭の中にも受け入れた。けれどもわたしに取ってその墓は全く死んだものであった。二人の間にある命の扉を開ける鍵にはならなかった。寧ろ二人の間に立って、自由の往来を妨げる魔物のようであった。(p49)

◆私は人間をはかないものに観じた。人間のどうする事も出来ない持って生まれた軽薄を、はかないものに観じた。(p113)

◆私はその時心のうちで、始めて貴方を尊敬した。あなたが無遠慮に私の腹の中から、或生きたものを捕まえようという決心を見せたからです。私の心臓を立ち割って、温かく流れる血潮を啜ろうとしたからです。 (中略) 私は今自分で自分の心臓を破って、その血をあなたの顔に浴せかけようとしているのです。私の鼓動が停まった時、あなたの胸に新しい命が宿る事が出来るなら満足です。(p173)

私は冷かな頭で新しい事を口にするよりも、熱した舌で平凡な説を述べる方が生きていると信じています。血の力で体が動くからです。言葉が空気に波動を伝えるばかりでなく、もっと強い物にもっと強く働きかける事が出来るからです。(p190)

◆私はその人に対して、殆ど信仰に近い愛を有(も)っていたのです。私が宗教だけに用いるこの言葉を、若い女に応用するのを見て、貴方は変に思うかもしれませんが、私は今でも固く信じているのです。本当の愛は宗教心とそう違ったものではないという事を固く信じているのです。私は御嬢さんの顔を見るたびに、自分が美しくなるような心持がしました。(p206)

列挙しようと思うとキリがないほど、あれもこれもと、瞠目される表現ばかりです。
夏目漱石が生きた明治という時代。

維新から間もない時代の教育は、江戸時代からそのまま受け継がれたものでしょう。
儒教や日本外史、陽明学。
藩政から開放された庶民は、変わりゆく時代に何を感じ、それまでとは違う教育を求め、何を得たのでしょう?

明治の大文豪は、その繊細な神経でもって時代の遷移による人の心や精神の推移をいち早く感じたのかもしれません。先生の遺書の最後のほうには、こんな言葉が書かれています。

◆私に乃木さんの死んだ理由が能く解らないように、貴方にも私の自殺する訳が明らかに呑み込めないかもしれませんが、もしそうだとすると、それは時勢の推移から来る人間の相違だか仕方がありません。或いは個人の有(も)って生まれた性格の相違と云った方が確かかも知れません。(p325)

この文章を読みながら、明治という激動の日本が、荒れ狂う海に放り出された小船のようなものに感じました。
新しい生活・文化・慣習についてゆけない者が、振り落とされる時代の到来を、先生とその親友Kの死をもって嘆いたかのようにも受け取れます。
その後、太宰、芥川、川端のような能ある文豪が、「何故?」という疑問のうちに死に急ぎましたが、それを予見するかのような小説「こころ」。

この小説が書かれて約百年後の現在、先生と友人Kの自殺に共感し同情する若者はどれほど居るでしょうか。
理解できないだろうけど、この日本語の美しさだけでも感じて欲しいと思います。
思うに、日本人一人一人に、思想・信条・信仰を持っていた時代は、どんなに荒れてはいても今ほど酷くはなかったように思いますので。




最近のJ-POPはつまらないけど、彼らはちょっといいね。
サカナクションという北海道出身のグループだそうです。

モラトリアムを嘆くようなこの曲の歌詞にはぐっときます、それ以上にPVが素晴らしいです。
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漱石は優れた文学者、且つ、・・・
夏目漱石の小説の文章は、明治・大正時代の人間なのに、現代人の人間にとっても、読みやすい文体です。
優れた文学者で、且つ、心に素直に文章化したのだと思います。
「こころ」も良い小説ですが、私は、「行人」が好きです。
MURL 2010/07/23(Fri)02:05:30 編集
Re:漱石は優れた文学者、且つ、・・・
>M様

コメントありがとうございます。

この小説、、、というか、明治・大正時代の純文学を『読みやすい』とおっしゃるのは、この小説や時代に共感しておられるからなのでしょうね。
なるほど、、、M様は「こころ」の先生に似ていなくも無い様に思えてきました。

あまり色々と考え過ぎません様に。とにかく、ゆっくり眠ってくださいね。

「行人」は恥ずかしながら未読です。今読んでる本を読み終えたら、是非読んでみようと思います。



【2010/07/23 22:03】
訂正、他
弧愁庵人さんの所に出ていたのは、「たいやきやいた」さんの間違いでした。

なお、国民!さんの怒りは分からないでもありませんが、スパコンについては、全員ノーベル賞受賞者の発言が効を奏したと思います。
大学が依然、学閥で成り立ち、徒弟制度が存在していては、優秀な研究者が流出するのは、致し方ないと思います。
大学自体の改革は、必要と思います。
M 2010/07/23(Fri)02:05:35 編集
「訂正、他」は、いつの間にか付いて来ました・・・。
何故でしょうかね・・・?
M 2010/07/23(Fri)02:09:35 編集
Re:「訂正、他」は、いつの間にか付いて来ました・・・。
>M様

うーむ、何故でしょう?
記憶システムの一因だと思われますが、どうかお気遣いなく。^^
【2010/07/23 22:06】
高等遊民
自分のエゴで生きることへの嫌悪感と苦痛。
すべての罪を自分ひとりで抱え込もうとすること。

この時代の人生観、恋愛観、倫理観が後押しした結果が先生やkの自殺なのでしょうが・・・。
私はいつもこの「こころ」を読んで、Kも先生も死ぬ必要あったのか?と思ってしまうんです。
こんな事いうと小説にならないんですけどネ♪

なんか、真実からも現実からも逃げている気がちょっとして多少むかつくんです(笑)

漱石先生~生意気言ってごめんなさ~い!








ぱーるぴあす 2010/07/23(Fri)19:26:41 編集
Re:高等遊民
>ぱーるぴあす様

コメントありがとうございます。

太宰さん、芥川さん、川端さんの自殺についてはね、実は私も「相当なロマンチスト」だと少々軽蔑しています。

夏目漱石の「こころ」の中の友人Kと「先生」の自殺は、あくまでも小説の中の話なので、私はこれを先人からの「メッセージ」だと思いました。

明治時代小説家(物書き)という職業は、単なる娯楽程度に思われていなくて、非常に軽蔑された時代で、その時代に、この「こころ」は書かれました。
現在のようにメディアが充実していない時代に、ただでさえ遊び人のように思われていた小説家が、あまりウケルとは思えない作品を書きました。
これは時代への問いだと思うのです。現在にも通用する普遍的な問いだと思うのです。

友人Kの自殺の理由は解りませんが、私が感じとったのは「安易な思想を持つな、思想を持つ以上は迷うな、そして実践しろ」という漱石のメッセージでした。

先生の自殺の理由も、これまた解りませんが、やっぱりわたしの思い込みなのですが「人を欺くと、万死に値するほどの苦しみがあることを思い知れ」というメッセージでした。

間違ってるかもしれないけどね(笑)。
【2010/07/23 22:47】
乃木さん、「愛」と「恋」
ご無沙汰をしております。
これでも4年間「国文学」を学んでいたエセ高等遊民です。

思うに、
乃木大将の「最後の殉死」に対して、
西欧文明を身を以て味わってしまった漱石が、
自分なりの「江戸の終わり」の解として、Kと先生の死を示したんじゃないかと思うのです。
乃木さんの死を賞賛する人と、乃木さんの死をしらけた思いで見る若者と。
10代で漢籍まで学んだ漱石です。
江戸の武士道の倫理と、西欧文明の倫理と、どちらも消化しつつ、どちらの生き方も「アリ」とした上で、
死というものの理解の仕方をどう消化するべきか。
そのひとつの典型を「K」(江戸側)「先生」(西欧側)に当てはめたのかな、と。
当然小説の中ではどちらを否定するわけでもない。
そこを読み手に委ねたのかな、と。

もうひとつ大事なのは、「恋」と「愛」の問題。
江戸には「こひしい」という概念はあっても、
「愛」はなかったのです。
この極めて近代的な「愛」は、明治において「わかった」つもりで理解されていた。
しかし、漱石は”三角関係”を持ち込むことで、
「愛」の深遠さを当時の読者に提起したのではないでしょうか。
だからKのように「恋」のレベルから抜け出せない人物は、恋のために人生を投げ出せない。
「愛」を理解していると自認していた「先生」は、
お嬢さんの「愛」を手には入れたものの、
自身の中に巣くっている”江戸”的な倫理観ゆえに、
結局身を滅ぼしてしまう。

でも、「先生」は「私」さんにこの一連のことを手紙で教えるわけです。
「江戸」を遠く離れた、明治以降に生まれた「若者」に、大らかに「愛」を育め、といわんばかりに。

ちなみに、東大の某教授は、
「私」が「先生」の死後に、先生の奥さん(つまり「お嬢さん」)と結婚した可能性がある、
と読み解いています。
これ、意外に説得力あるんですよ。
横隔膜 2010/08/02(Mon)23:09:54 編集
Re:乃木さん、「愛」と「恋」
>横隔膜様

ご無沙汰しております。
文学を学んだことがないので、こんなに含蓄のあるコメントに触れて、とても勉強になりました。
ありがとうございます。

この小説を再読し、改めて明治という時代を考えました。
この激動の新しい時代を、われわれ現代人は「革命後」として捉えていますが、やはり当時の人々は江戸から明治への変化に戸惑っていたのでしょうね。
我々平成の時代に生きる者が、昭和から平成の「脱構築」思想に戸惑うのと同じように。

「江戸の終わり」の解、とてもしっくりする言葉ですね。
その結果は寂しいものですが、新旧の時代の狭間で苦しんだ人々の姿が浮かんできます。

>江戸には「こひしい」という概念はあっても、「愛」はなかったのです。

確かに、「いとしい」「こひしい」という表現は目にしますが、「愛」という言葉はみつけられませんね。
だから漱石は人々の概念にない「愛」を「信仰」と表現してみせたのでしょうね。
素晴らしい、天才というより鬼才ですね!

>◆私はその人に対して、殆ど信仰に近い愛を有(も)っていたのです。私が宗教だけに用いるこの言葉を、若い女に応用するのを見て、貴方は変に思うかもしれませんが、私は今でも固く信じているのです。本当の愛は宗教心とそう違ったものではないという事を固く信じているのです。私は御嬢さんの顔を見るたびに、自分が美しくなるような心持がしました。(p206)

私はこの文章がとても素晴らしいと思います。「こころ」に書かれている数ある美しい文章の中でも、この一文に感動しました。
男性が語る言葉で、これほど女性を捉える言葉は無いと思います。
明治の女性なら尚更でしょうね。

>「私」が「先生」の死後に、先生の奥さん(つまり「お嬢さん」)と結婚した可能性がある、 と読み解いています。

わかるような気がします。
「私」は先生の内面を積極的に知ろうとしました。それが直接的な原因ではないにしても、結果的に「先生」は「私」に長い遺書を残して自殺してしまった。
「私」が残された奥さんに責任を感じないわけはなく、何より、先生が語る「愛」の対象を、その概念を知った者は興味もあり、崇高な目で見るはずでしょうから。



【2010/08/03 23:49】
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