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すべての原理主義の教義がそうであるように、シカゴ学派はその信奉者にとって、自己完結した世界だった。まず出発点は、自由主義は完璧な科学的システムであり、個々人が自己利益に基づく願望に従って行動することによって、万人にとって最大限の利益が生み出されるという前提にある。すると必然的に、自由市場経済内部で何かまずいこと(インフレ率や失業率の上昇など)が起きるのは市場が真に自由ではなく、なんらかの介入やシステムを歪める要因があるからだ、ということになる。したがって結論は常に同じだった - 基礎的条件をより厳格かつ完全に適用することである。(p70)
ショック・ドクトリン -惨事便乗型資本主義の正体を暴く-
ナオミ・クライン (岩波書店)  生島幸子・村上由見子 訳  より

 
藤永茂先生がご推薦の書籍。中野剛志氏も講演中に引用していましたね。9月前半に日本語訳が出版されたそうなので、早速取り寄せて読んでいます。能天気なアタシは、上巻の序章でもう、面食らっちゃいました。
まず、アメリカCIAによる工作活動なるものが実しやかに囁かれているけれど、思いつきで語られる陰謀論とは全く別の顔を持つ、恐るべき研究・好奇心・実験・情報収集が狂気の下で行われていたことから暴かれていきます。
それが「ショック・ドクトリン」で、大別して2種類あります。「人」に対するショックと「社会」に対するショック。
 
まだ上下2巻からなるこの書籍の上巻も読み終えていないのですが、読み進むうちに、「アメリカは破壊なくして構築できない民族(国)なんだなぁ」ということ。まず、既存のものを徹底的に破壊し、真っ白になった更地に思い描いた理想の人格と国を構築したがる。

新自由主義とTPPについて、薄学ながら私なりの意見を述べたいので、ここではナオミ・クラインの書籍についてはざっと触れるだけにします。

「人」に対するショック・ドクトリンとして、ここで挙げられているのは、患者に精神疾患を誘引する不安定要素を排除すべく、ユーイン・キャメロンというマッドサイエンティストが行った、日に何回にも及ぶ電気ショックと薬物投与、目隠しとヘッドホンを装着させて外部との接触を絶たせ、食事の時間をずらし、時間の感覚を麻痺させていくことで、次第に人は退行現象が起こっていくそうです。これが人格崩壊して「まっさら」になった状態だそうな。ここからは毎日繰り返し繰り返し、自分が社会にとってどれほど有益で愛され望まれているかを語る録音テープを聞かされたのだそうです。不幸にしてこの医者にかかった患者は、皆壊れてしまい、社会復帰はできませんでした。でも、この危険極まりない実験に興味を示したのがCIA。社会主義・共産国家のスパイ(とおもわれる捕虜)の洗脳に使えるのではないかと考えました。ユーイン・キャメロンの狂気の研究は1950-60年代にCIAの資金を得て、秘密裏に行われ、その後その非人道性が非難されたものの、その研究はアブ・グレイブやグァンタナモに引き継がれました。覚えてますか?その研究は、あくまでも拷問ではなく洗脳・マインドコントロールだそうです。憎しみを生む感情を取り去り、「まっさら」になった精神に、CIAに都合の良い情報を聞かせ続けました。グァンタナモはまだ閉鎖されていません。つまりまだ続いてるってことです。

「社会」に対するショック・ドクトリンは、収奪のターゲットである国を内部から崩壊させること。ミルトン・フリードマンというシカゴ大学のこれまたマッドなエコノミスト。この教授の学説に大いに共鳴したのがシカゴ学派。
最近耳にタコが出来るくらい聞かれる「新自由主義」の権化です。彼は国の根幹であるあらゆる面での社会保障をも不要だと断定しました。医療・郵政・教育・年金・治安・国定公園。効率化を容易に持ち込んではならない領域にまで民営化を迫り、税金で培ったのだから、そのノウハウまで民間で共有すべき(差し出せ)とノタマイました。誰も知らない無名のエコノミストが言ったなら、「馬鹿を言うな!」と一蹴されるどころか、耳を傾ける者さえいなかったけれど、売れっ子のフリードマンの言説は、大企業や投資家から支持されました。
社会保障を否定し、累進課税を否定するフリードマンは大企業に支持を受け、持論を益々展開していきました。社会主義的政策により富を築きつつあった、チリ・アルゼンチン・フラジルの社会主義的思想を、教育から打ち壊すテストを始めました。南米のそれらの国々の学生をシカゴ大学に招き、やがて自国で教鞭をとるであろう学生に、徹底的に教え込みました。

1950年代のこれらの試みは、その当時は失敗といえるものでしたが、今でも続いています。アメリカによる破壊活動など、見た目にも明らかです。経済制裁だってそうです。韓国のFTA、日本に突きつけられているTPPもそうです。
他国の経済を破壊つくし、「まっさら」にした土壌に自国のユートピアを打ち立てるつもりなのでしょう。
「斜陽のアメリカのくせして、まだ言うかっ!」っと尽くせぬ思いがあるけれど、一番アタマにくるのは、
「日本のGDPにおける第一次産業の割合は1.5%で、そのために残りの98.5%が犠牲になっている」
なんてほざく前原のような奴に同調する人間が多くなってきてるんじゃないかってことデス。
この思想は弱者切捨て以外の何ものでもない。しかも、あらゆる場面に通じる思想です。

犯罪者だから切り捨てていいのか、もう余命僅かな年寄りだから切り捨てていいのか、納税能力のない人間だから切り捨てていいのか、生産性も効率性も認められない人間だから切り捨てていいのか、まだまだある。
学歴がないから、障害者だから、出自が良くないから、外国人だから、、、。
多数のためには少数を切り捨ててもいいんじゃないかって思想は、断固として受け入れられない。
こんな奴が政治家かと思うと、日本で生きているのが本気で嫌になります。

たとえ少数といえども、見捨てないのが独立国家の政府じゃないのか。
そこで冒頭の一文に戻る。。。

「新自由主義」が日に日に激烈さを増していると感じてしまうのは、奴らも効果が上がっていないと感じているからなのでしょう。

TPPには、農業と密接だったという観点から、断固反対を表明しますが、同時に、加盟して失敗(目に見えてる)した場合の責任問題も明確にして欲しいと思ってます。国会の半数が対象だよねぇ。

こんなときにこそ、政局大好きな小沢さんに出てきて欲しいなー(遠い目)。
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藤永先生の「私の闇の奥」を欠かさず読むようになって2年以上経つでしょうか。
中東・アフリカ・中南米諸国が、如何に欧米諸国の武器と資本原理主義、人種差別の犠牲になってきたかを、とても分かり易く怒りをもって暴いてくださっています。
3月11日の東日本大震災直後も、フランスがリビアを空爆したことを取り上げ、リビア・ホンジュラス・ハイチについて書き続けておられます。
まだご覧になっていない方は、まず今年の3月くらいからのブログ記事をお読みすることをお薦めします。
リビアで引き起こされた惨劇が手に取るようにわかります。

特に7月27日の記事「現代アメリカの五人の悪女(3)」は必読だと思います。中盤にこう書かれています。

◆7月15日、アメリカは公式に反カダフィ勢力TNCを、リビアを代表する正式の政治組織として承認しましたが、そのTNCについて、ネグロポンテは「まだ正体がはっきりしないから良く見極める必要がある」とか「カダフィが倒れた後にこそ、本当に大変な仕事が始まる」とか言っています。これはアメリカ政府の自信の無さを告白しているのではなく、その逆で、「今の反カダフィ勢力にはアメリカにとって好ましくない者どもも入っているが、彼らもカダフィ打倒に利用し、その後は排除して最も好ましい傀儡政権をつくる」という目論みを語っているのです。◆

今から3ヶ月前に書かれたことが、現実になったと思ったのがこのニュース

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111027-00000161-jij-int

カダフィ大佐殺害者を起訴へ=リビア
時事通信 10月27日(木)23時12分配信

 【ベンガジ(リビア)AFP=時事】リビアを暫定統治する国民評議会のゴガ副代表は27日、同国東部ベンガジで記者会見し、元最高指導者カダフィ大佐を殺害した者を起訴する方針を明らかにした。
 同副代表は「既に捜査に乗り出している。われわれは捕虜の扱いに関する倫理規定を通達しており、(大佐殺害は)個人的な犯行だと確信している」と強調。「(殺害に)関与した者は誰であれ、公正な裁きにかけられるだろう」と述べた。


カダフィ大佐が所有していた黄金の銃を嬉々として掲げる少年がいたけれど、犯人は別人かな。
どうせカダフィに懸賞金でもかけて殺させたのだろう。快く思わない邪魔者にだけ耳打ちしたのだろう。
オサマ・ビン・ラディンと状況が似てる。
カダフィは確かに殺戮も行いましたが、自国民を手厚く守っていたことも事実です。

http://dissidentvoice.org/2011/07/35312/

これらの記事を読むと殺人は絶対悪だと認めながら、カダフィの狂気など、欧米諸国の狂気に匹敵するようなものでは無いと思う自分もいます。


2011年
5月13日 リビア中部ブレガでNATO軍の空爆 民間人16名死亡、40人負傷
6月18日 NATOトリポリ住宅地空爆 子どもを含む9名死亡、18人負傷
6月19日 同日未明NATOトリポリ空爆、子ども2名を含む民間人7名死亡
6月26日 東部都市ブレガの製パン所とレストランをNATO空爆、民間人15名死亡、20名以上負傷
8月10日 NATOリビア国内の村(シルテ?)空爆、女性と子どもを含む民間人85名死亡

報道された5回の空爆だけでも子供を含む民間人の100名以上が死亡。NATO軍がリビアで行った出撃回数は 2万6000回、空爆は1万回とも言われています。
なんでカダフィだけが独裁者ってだけで憎まれるわけ?
欧米諸国、特にアメリカが言う「独裁者」というのは、アメリカの収奪を阻止しようと、外資を断固として入れない施政者のことを言うのでしょう。
カダフィの非人道的振る舞いを、NATOが反カダフィ派を支援し人道的に制裁を下したってことになってるけど、気分が果てしなく重い。

日本のマスコミがアフリカ・中東情勢を伝えないのは、アメリカの息がかかっているという陰謀論より、視聴率が稼げないからってことだと思う。視聴率が稼げないから不勉強でいいやってことなんだと思う。
20年以上前のイラン・イラク戦争や湾岸戦争の時なんかは、日本のメディアも毎日トップニュースで扱っていて、あらゆるメディアが大きく報じていたからこそ世間の目も集まっていたんじゃないかな。その頃も欧米寄りではあったかもしれないけど、決して現在のように無関心ではなかった。
「あ、今これ、知っておかないと。」そう思うくらいに、報道に背を押されていたような気がします。

イラン・イラク戦争で思い出しました。
昔のブログでも取り上げたことがあったけど。。。




東日本大震災に、友好国として3月19日には救援隊33名、4月4日には多大な物資を送ってくれました。
そしてトルコが今、先日の大震災で死者570人の大惨事となりました。

日本政府の対応がこちら。
http://www.jiji.com/jc/zc?key=%a5%c8%a5%eb%a5%b3&k=201110/2011102600016
 

トルコに緊急援助=政府
 外務省は25日、地震で被害を受けたトルコの要請を受け、国際協力機構(JICA)を通じて3000万円を上限にテントなどの緊急援助物資を送ると発表した。トルコ政府と協議しながら追加支援も検討する。 (2011/10/26-00:55)

 

上限3,000万円って、、、二桁くらい違いませんかねぇ?
そういえば、湾岸戦争の時は連合軍に90億ドルの支援をして、「日本は金だけ出して何もしない」なんて叩かれてたっけ。
今はそんなお金も無いのに、どこぞに自衛隊を派遣する方のが大事なんですかねぇ。。。

10月29日は、友好国トルコの建国記念日です。

2ヶ月ほど前のある日、会社の電話をとったら

「あのぅ、住所変更の連絡なんですが、こちらでいいですか?」

礼儀正しい青年の声が聞こえてきました。
こういう場合のほとんどが、ファンクラブ会員さんが転居したための連絡です。

ファンクラブの会員番号・氏名・本人確認のための生年月日を問い、新しい住所地の郵便番号を聞き検索したところ「宮城県石巻市○○」との答えが返ってきました。
石巻市かぁ。。。
その後に続く地名を聞き、電話番号も変わったのか、既に転居したのかを聞き、普段であれば「ご連絡ありがとうございました」と受話器を置くところなのですが、この時ばかりは思わずこちらから話しかけてしまいました。

「石巻は大変な被害だったと聞いていますが、大丈夫でしたか?もう落ち着かれましたか?」

「はい、私はなんとか助かったんですが、家が流されちゃって。ははは。もっと前から実家に世話になっているんですが、連絡が遅くなってすみません。」

明るい口調で、そんな答えが返ってきました。受話器越しの知らない者に対しても丁寧に話してくれる人は激減したと感じている昨今だけに、声が震え同時に視界もぼやけてしまいまいました。
昨年、とある場で出会った大学生のことを思い出しました。姓は岩手県の風雅な都市名と同じなんだけれど、出身は宮城県と言っていたっけ。

「ストイコビッチ以来、名古屋グランパスが大好きなんです。あ、もちろん今はベガルタが一番ですけどね!」

そう言っていた彼はどうしているだろう。。。

前置きが長くなってしまいましたが、石巻市出身の辺見庸氏による、タイトルの本書について。
再読でした。初めて読んだのは数年前ですが、「もの食う人々」に打たれ、何でもいいから辺見さんの本が読みたいと思って手に取ったのが「赤い橋の下のぬるい水」。
こりゃ順番間違えた(笑)!
正直に告白すれば、初めて読んだ時は甚だ荒唐無稽なエロスしか感じられなくて面食らいました@@。
しかし、、、辺見さんのその後の著書の中には、「赤い橋の・・・」の中にも出てくる「汽水」という表現が何度も出てきます。詩集の「生首」にも、「水の透視画法」にも。

「汽水」という言葉が出てくる度に、「赤い橋の下のぬるい水」を思い、一体辺見さんが表現する「汽水」とは何ぞや?と(自分がエロスと位置づけた概念は忘れて)再考しようと思いました。

「汽水」とは、河口で海水と河水と混ざりあった水のこと。
作中のヒロインが語るところによるろ、相対的な水が交わる「汽水」の領域で生きて行ける生物は、限られているらしいけど、事実はどうなのでしょう。
大海へ淡水が注ぐ河口では、多様な生物が集まり豊かな漁場だというのが私の認識だったのだけど。

辺見さんは、「汽水」という言葉で現世(うつしよ)を表現したのでしょう。
互いの長所を生かし取り入れるのではなく、短所を罵り殺し合いながら混じり澱む領域。
何も日本における政治だけでなく、商業も産業もそう、世界各国のソレも同じ。

もはやソレは淡水でもなく海水でもないため、淡水生物も海水生物も生きられなくなる領域に広がる水。
思想・文化・人種・風習・流行・地域・国籍、、、職業においても澱んだ汽水が拡大しつつあるように思います。
相対的なモノがぶつかり合い、対抗するのではなく、互いに交じり合うことによって得体の知れないものとなる事象。
有機物過多な生活排水まで注ぎ込み、環境に適した生物だけが生き延びることを許されるに至ったのかもしれない、などと考えてしまいました。
右が左になり、左が右になり、強はさらに強になり、弱はさらに弱になり、男は女になり、女は男になり
昨日まで頂いていたものが今日には地に堕ち、猥雑の度合いを増していくその混沌の根源が「汽水」。
ごくありふれた、刺激の少ない日本特有のカオスというところでしょうか。



この小説が翻訳され、英語圏でも読まれるようになったそうです。
英語のタイトルは「Gush」。
このタイトルを見て作中のヒロインの生理現象だとすぐに理解したけれど、「汽水」とどう関連してくるのかが難題でした、、、。
そういえば、女にも汽水があるね。「○キー○線」とか「バ○トリ○線」とか。
もちろん辺見さんはそれを承知しておられたのでしょう。
女性の「汽水」を考えると男女の性の深淵に少し触れたように思います。ええ、少しだけ。

もっと掘り下げて読み込まなくては、この作品はわかりにくい。
わかったとしても、この小説の感想を赤裸々に書くのには抵抗を感じます。
それだけで自分にも、間違いなく水が溜まると思います(笑)。

ヒロインのそれまでの苦痛が解消された時、それを望んでいたはずの男は大いに落胆してしまい、二人は別れることになるのだけれど、これもまた「汽水」の仕業なのでしょうかね。

「水は、私という器のなかの恥だった。あなたは、恥だけを愛して、恥を抱えている器そのものは愛せなかった。」

読後は虚無感に襲われたけれど、それもまた辺見さんのメッセージなのでしょう。
こんな時代だからこそ、まずは一人を真剣に見つめ、理解し、そして、、、。

この小説の感想を赤裸々に情熱的に書けたら、どんなにかっこいいだろう。。。
私がしめくるる感想は、こんな言葉になってしまいました。

かっこ悪いな(笑)。

「なんのために、こげん苦しみばデウスさまはおらになさっとやろか」
それから彼は恨めしそうな眼を私にふりむけて言ったのです。
「パードレ、おらたちあ、なあんも悪いことばしとらんとに」


この本を初めて読んだのは高2の時でした。
慕っていた従姉が亡くなり、養父が病に倒れたという背景はあったものの、この本を読むきっかけとなったのは、この本が大ベストセラーとなって、世界の十数カ国に翻訳され出版されており、当時夢中になっていたロックバンドQUEENのドラマー、ロジャー・テイラーが来日時に携行し愛読していたと聞いたから。
はい、完璧なミーハーでしたが、イギリス人が読む日本文学を、日本人が読まなくて何とする!なんて思いもありました。「沈黙」はわたしにとって逆輸入でした。
私にとって、初めてガツンときた文学でした。

何故神は沈黙したもうか。。。

これがこの小説テーマなのですが、当時、自分が置かれていた環境がまさにこの問いの真っ只中でしたので(無論、小娘だったからそう思ったのです)、立て続けに3回読み返したのを覚えています。
受験対策の模試にも用いられ、翌年の現国の教科書に一部が掲載されたのを見たときは、思わずニンマリしました。
(余談ですけど、私的なことで高校時代は全く勉強意欲がありませんでしたが、たまたま目にしたものが試験に出るってことで大いに役立ちました・笑)。

この小説は、聖書とは違う意味で私の別のバイブルとも言えます。
キリスト教に何の造詣もなく、日本史の授業で「隠れ切支丹」の存在は知っていましたが、史実とはいえ遠い過去の一頁のような出来事でありながら、それを知らずに無感覚で読んだ覚えがあります。
その後、何度も何度も読み返しましたが、心境の変化があって(笑)教会に通うようになると、教会のリーダー達(アメリカ人)は遠藤作品を全否定し、読むべきでないと言っていました。
アタシはこの作品がきっかけで、キリスト教に興味を持ったのに(笑)。

初めて読んだ「沈黙」の文庫は今は行方が知れなくて、書店で買い求めました。
初刊は昭和41年3月、生まれる前のこと。
新潮から文庫として出版されたのが昭和56年10月、買い求めて手にした文庫には、昨年の5月四十八刷とあります。
化け物といっていいくらいのベストセラーだと思いますね。。。

信仰ってなんだろう。
「沈黙」に描かれた江戸初期(島原の乱の少し後)では、隠れ切支丹達は、【神】は応えるものだと思っていたのでしょうか。
およそ4百年前のことです。
今なら笑ってしまえるほど遠い昔のことなんですけど、異端の神に救いを求めた貧しい民達は、愚かだったのでしょうか、、、。
政治(幕府)にも、旦那寺にも救いを見出せなかったから、人は全て平等だと説く新しい神に飛びついてしまったのですが、幕府が異教徒を取り締まらなかったら日本は植民地になっていたと思います。

けど、虐げられている人々にとっては、救いの手を差し伸べてくれるなら、異教徒でも外国人でも良かったはず。

GENPATSU止めてください。
年貢(消費税)の切り上げ、止めてください。
物価の高騰を抑えてください。
人も家畜も殺さないでください。

老害を撒き散らすことしか能がない腐臭漂う政治家が、震災は神の仕業と言ったとか。
おばかさん!
傲慢が嵩じて、神になろうとしたのはキサマたち政治家ではないか。
神の如き権利を主張しその権力を行使するくせに、負うべき義務と責任は神の所為にするなんて呆れた外道だ。
震災から3ヶ月になろうとしているのに、未だ不自由な生活を強いられている人々が求める福音は、内閣不信任案に象徴される政局ではないはずなんだけど。。。

永田町が騒がしいけど、庶民はどう転んでも踏み絵を踏まされる。
後継者を示せない馬鹿馬鹿しい菅降ろし劇。

放射線物質がダダ漏れで、日本国内の問題で済まされない事態になっても尚、脳天気でいられる政府って。。。
老若男女問わず、罪無き人が十字架にかけれらているっていうのにさっ。



QUEENが開拓時代を歌ったのがこれ。
カントリー調でなかなか好きだったけれど、今は嫌い。

開拓とか進出とか言うと、そりゃ聞こえは良いさね。。。
いきなり開拓とか進出とか言われて、目の色も髪の色も違う人に押しかけられた人々は、客人が実は侵略者だったってことを後々になって知る。
グローバル化という耳慣れない言葉が「思想の侵略」ってことも知らずに。

一応先進国の異名をとる日本が、政治において大混乱しているってことを内外に大きく宣伝しちゃってて、ホントに馬鹿じゃないかと思う。
他国の内乱に色めき立つのは、いつもメリケンさんなのにさっ。

 

かつて読んだ詩をもう一度読みたくなったのだけど、作者名も一遍の詩の題名も思い出せず、微かな記憶の中にあった、別の詩の一節 「幸せはどこにある」 で検索をかけたら、やっと見つかりました。

 X 夢みたものは……

夢みたものは ひとつの幸福
ねがつたものは ひとつの愛
山なみのあちらにも しづかな村がある
明るい日曜日の 青い空がある

日傘をさした 田舎の娘らが
着かざつて 唄をうたつてゐる
大きなまるい輪をかいて
田舎の娘らが 踊りををどつてゐる

告げて うたつてゐるのは
青い翼の一羽の 小鳥
低い枝で うたつてゐる

夢みたものは ひとつの愛
ねがつたものは ひとつの幸福
それらはすべてここに ある と

参照 : http://www.geocities.jp/scaffale00410/cp/yasashiki2.htm

なんと牧歌的で静かな詩であることよ。。。

いささか少女趣味的な感は否めないけれど、しかし、彼にはこれが紛れもない本音でした。
鳥が囀るように誰もが笑い、弾けるように踊る姿に、凡庸ではあるけれど至上の幸福を見いだし憧れました。
手が届きそうな日常ではあるけれど、自分には決して訪れない、日常に憧れました。

立原道造 大正3年7月30日、東京生まれ

小学生で神童と呼ばれ、中学生で芥川龍之介の再来と言われ、高校生で文壇デビュー。
帝国大学建築科に入り、卒業までずっと首席でいたそうです。

しかし病に倒れ、24歳という若さでこの世を去りました。
婚約者に看取られての最期だったとか。
死に臨む者の視線は、全てを慈しみ抱擁します。

自分の命が潰える以上に、これほどの人だ。
暗黒へとひたすら突き進むこの国に住む人々を、優しくも力強い口調で諭している、孤独な詩人が浮かびます。
旧約聖書の「詩篇」より、数十倍もの美しさを感じます。

◆お詫びと訂正◆
立花ではなく、立原道造でした。 



 
全くの余談ですが、NHKの大河ドラマ「江」が始まりました。
キャスティングは評価出来るのではないでしょうか?

けど、どうも最近は豊臣秀吉がコミカルに描かれすぎやしないかと・・・(苦笑)。

個人的には、『来年こそは「保科正之」を大河の主役にして欲しい』と思っているのですが、維新の遺恨はまだ残っているのでしょうかねぇ?



 

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