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kanom-35°                                                                                               ご来訪、誠にありがとうございます。
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仕事柄、子供と接する機会が増えました。
とは言っても、ホームゲームがある時に限ったことだけれども。

遠い昔の記憶を辿ってしまうのはそのせいでしょうか。。。

子供の日を思い出して、懐かしく眺め直すことが増えました。


聞き分けの良い子、我が儘放題な子。。。
この歳になれば、皆可愛いガキんちょなのだけれど、1年を通して振り返ると、子供達の全体の3%は
どうしても可愛くないガキんちょを見出してしまうのも事実。

ったくー、なんでアンタはそんなに自分本位なわけ?えばっちゃってさっ。

子供はあどけない表情の裏に、とんでもない残酷な一面だってある。
それを目の当たりにすると、いたいけな少年、少女が小悪魔に見えたりもする。

それを忌々しく見ながらも、自分の幼い頃に思いを馳せ、痛い記憶が点滅します。

りかちゃん、、今は何処でどうしているのだろう?
幼い記憶。

Cyndi Lauper - Time After Time (Lyrics)



両親が自営をしていたことから、私が通っていたのは、幼稚園ではなく保育園。
文部省管轄の幼稚園に通う子は、私が住む地域では、主に裕福なサラリーマン家庭の子。
商業区域に住んでいた私や、近所の子供は皆保育園に通っていました。
仲が良かった畳屋さんのさとみちゃん。
定食やさんのりえちゃん、美容院のちよちゃん、電気屋さんのなおみちゃん。
工務店のとしくん、その請負のかずくん、あきちゃん、さよちゃん。

みんな友達で仲が良くて一緒に遊んでいる中、一人でぽつん・・・としている女の子がいました。
途中で編入してきた、目が大きく、髪がつややかでサラサラの女の子、、、それが「りかちゃん」。

畳屋さんのさとみちゃんの近くに住んでるってことで、まずさとみちゃんがお友達になりました。
大好きなさとみちゃんのお友達なら、、、と、長い時を経ることなく私も仲良くなりました。
そのうちだんだんりかちゃんの周りにも友達ができ、初めて会った時よりもたくさん話してくれるようになりました。

けれどそのうち、りかちゃんと遊ぶ子達が少しずつ減っていきました。

それまでりかちゃんと仲の良かった、さとみちゃんに「どうして一緒にあそばないの?」と聞くと
「だって、お母さんが一緒に遊んじゃいけないって言ったんだもん。」

(そんなやりとりをした記憶が残ってます。保育園児と言えども侮れません。)

しかし、友達がだんだん離れていってしまって、また一人ぽつん・・・と人形で遊ぶりかちゃんが可哀想だし
私はお母さんに「りかちゃんと遊んじゃいけない」って言われてないし、仲良しだけど気が強いさとみちゃんと
いるより楽しいし、嬉しいし、、、。
そんなこんなで、2人で遊ぶことが多くなりました。

或る時、仲が良かったさとみちゃんと些細なことで喧嘩しちゃった時のこと。。。

今だから笑ってしまう子供の戯言だけれども、喧嘩した当人同士は、同じクラスのみんなに事情を説明して

「ねぇ、どっちの味方になるのっ?」

っと聞きまわるのだ(笑)。


ボス的な存在で、クラスのみんなの人気者だったさとみちゃんは、たくさんの同調者を集めました。

私と手を繋いでくれたのは、りかちゃんだけ。

子供ながらに、圧倒的な人気を見せ付けられちゃったら、ショックだけれど負けを認めざるを得ない。
どちらが正しいかなどを議論するまでもない、たわいもない子供のケンカだもの。
だから人気の有無が勝負だった。

私は完敗。

負けた者は、勝った者に一言「ごめんね」と謝るのがルールだった。

だから、さとみちゃんに「ごめんね」と謝った。

そしたら、滅多に感情を露にしない「りかちゃん」が、わんわん泣き出しました。
これまで泣いたことなど見たこと無かったのに、そのりかちゃんが、わんわん泣いて、泣き止まない。

驚いた記憶はそこまで。

保育園で一緒に過ごしたほとんどの友達は、同じ小学校に入学したけれど、りかちゃんの姿はありませんでした。

保育園での出来事、小学校に居ない「りかちゃん」。

養母に「りかちゃんは何処に行ったのかなぁ?」と言ったところ、
養母は、「りかちゃんのお母さんは、昼だけじゃなくて、夜も働いていたんだよ。お母さん(養母のこと)より
ずっと忙しく働いていたんだよ。」

そして続けました。

「まさかお前は、りかちゃんを苛めていないだろうね?」

母は強し。

養母は知っていたんだ。
何故、りかちゃんが仲間はずれにされるのかを。

そういえば、保育園から帰る時のりかちゃんのお迎えは、いつもおばあちゃんだった。。。

その後も、夜の仕事を生業とする母子家庭の子と、一緒に通学することもあった。
決まって彼ら、彼女らは、ひっそりとして、いつの間にか居なくなっていました。

りかちゃん、今どうしてるだろう?

何故、あの時(随分昔の話だけど)、あんなに激しく泣いたのか、聞いてみたい。

いや、、、余計な事はいいや。


何故、あの時、ただ一人私の見方になってくれたのか、聞いてみたい。


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りかちゃんに逢いたいでしょ?
>ねぇ、どっちの味方になるのっ?

こんなチッチャイ頃から、群れを作って生きてるから、大人になってもそうなんですね・・・
りかちゃんはきっと、とらよしさまが本当に好きだったんだと思います。みんなと違っても自分の意見がきちんと言える子だった。涙の抗議は、そういう理不尽さへの反抗心からだったのかもしれません。

この4月で高校2年生になった娘は、この集団意識と日々闘っていますよ。「あ~、女はめんどい」というのが口癖です。そういうアナタも一応、女でしょ??(笑)
14番目の月 2009/04/06(Mon)18:41:58 編集
Re:りかちゃんに逢いたいでしょ?
ここは敢えて、、、(笑)。

>ぱーるぴあす様

コメントありがとうございます。

りかちゃんに会いたいですぅ。。。

>負けた者は、勝った者に一言「ごめんね」と謝るのがルールだった。

この部分、もっと正確に言うと
喧嘩の当事者と、当事者の味方になった子が謝るのが仲直りの印だったんです。

完敗した私はりかちゃんに「もう、謝ろうか?」そういうのだけれども
りかちゃんは頑として「嫌だ!」と言うのです。
「でも、謝らなくちゃ仲直りできないよ、一緒に遊べないよ?」
何度かそう言ってなだめましたが、りかちゃんは首を縦に振りませんでした。

そんなりかちゃんを、少し持て余した私は、一人で先に謝っちゃったのです。
せっかく味方になってくれたりかちゃんへの、明らかな裏切り行為。

りかちゃんと仲が良かった事実だけは覚えていますが、具体的にはあまり覚えていません。
りかちゃんを思う時、この私の裏切り行為が鮮明に思い出されて、時折ちくちく痛みます。

りかちゃん、名前もお人形さんのようだし、黒くてつやつやな髪と、くりくりとした大きな目は
まるで市松人形のようで、本当に可愛い女の子でした。

何処でどうしているのか、、、幸せに暮らしていることを願ってやみません。

ところで、娘さんは逞しいですね!!
集団から乖離するのは、勇気が必要だし自信がなければ出来ません。
謹んで「あっぱれ!」印を進呈いたします!!

貴女の想いが、きちんと伝わっているのでしょうね。^^

【2009/04/06 22:00】
ぼけぼけちゃん。
すみません、なまえ間違えました。
何かこの頃ぼけててすみません。
ぱーるぴあす 2009/04/06(Mon)19:27:03 編集
お気になさらずっ。
私は慣れ親しんだお名前で、一向に構いませんから・・・ねっ。
【2009/04/06 21:25】
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