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He called a little child and had him stand among them. And he said: "I tell you the truth, unless you change and become like little children, you will never enter the kingdom of heaven. Therefore, whoever humbles himself like this child is the greatest in the kingdom of heaven. "And whoever welcomes a little child like this in my name welcomes me. But if anyone causes one of these little ones who believe in me to sin, it would be better for him to have a large millstone hung around his neck and to be drowned in the depths of the sea. "Woe to the world because of the things that cause people to sin! Such things must come, but woe to the man through whom they come!
Matthew 18:2-7
 
「それでは、天の御国では、だれが一番偉いのでしょうか。」

そこで、イエスは小さい子どもを呼び寄せ、彼らの真中に立たせて、言われた。「まことに、あなたがたに告げます。あなたがたも悔い改めて子どもたちのようにならない限り、決して天の御国には、はいれません。だから、この子どものように、自分を低くする者が、天の御国で一番偉い人です。また、だれでも、このような子どものひとりを、わたしの名ゆえに受け入れる者は、わたしを受け入れるのです。しかし、わたしを信じるこの小さい者たちのひとりにでもつまづきを与えるような者は、大きい石臼を首にかけられて、湖の深みでおぼれ死んだほうがましです。」
マタイ伝 18章2-7節

最近、聖書へのニーズが高まっており、鼻白まれるのを承知で上のマタイ伝を引用しました。
教会を離れて15年以上経ちました。厳しい訓戒から解き放たれ(逃げたんですけどね)、ずっと聖書を開くことすら忘れていたのですが、3年ほど前から折りにふれ、また開くようになりました。
荒んだ社会に馴染まないよう、取り込まれないよう、そんな思いが聖書に向かわせます。

これが私の軸なのです。

笑いたくば、大いに笑っておくれ。
そして笑うなら、貴方の軸が何であるかを、大いに語っておくれ。

大阪で、母親が3歳と1歳の子どもを育児放棄の末に死なせたという悲惨な事件がありました。
こういった育児放棄や幼児虐待は常態化しつつあり、隣人も、親・兄弟(姉妹)ですらも、気に留めなくなってしまった昨今は、異常過ぎると感じます。

幼子が居た部屋は、真夏だというのに締め切られ、「死」の概念すら知らないであろう彼らは、コト切れる間際まで、「ママ、ママ」と叫び続けたのではなかろうか。
幼子が絶望を体感し得るとは思えないけれど、呼び声が響くようでやりきれない。
呼び声だよ、、、悲痛な呼び声だよ、、、。

幼子を見殺しにした若い母親にも、諸々の事情があったのだろうと思い巡らすことは出来るけれど、狭い部屋に置き去りにしたことは許せない。
養護施設に預けるとか、両親に託すとか、出産した病院にでも、警察にでも、寺院や教会にでも、隣人にでも、駆け込むことすら思い浮かばなかったのだろうか。放置すれば死んでしまうことくらい判っていたはずなのに。
そんな判断が出来なくなるほど、ホスト遊びが楽しかったのでしょうか。
人の欲望の、なんと罪深いことよ。

しかし、思う。子どもの扶養義務は普通なら両親にあるけれど、社会全体で子どもを育て、護らなければいけない。そういう意識が、私が子どもの頃には色濃く残っていたのだけれど、最近は薄れてしまったのでしょうか。
田舎のコミュニティーを少々堅苦しく思うことはあったけれど、周りには常に大人が居て誰もが声をかけてくれていました。
そういう社会でなくなってしまったのは何故なのでしょうか。
人付き合いは時には面倒なことでもありますが、過干渉と言われることを恐れるあまり、幼子を見殺しにしてはいけない。
人の命における責任は、多重的であると思います。
弱者を社会全体で護るという意識を、全ての人が持たなければいけないと思います。
その先頭に立つべき者は、政府であると思うのだけど、何故か弱者切り捨てに関して何の痛みも感じないような人物が選出されてしまっています。
非常に嘆かわしい世になったものです。

上掲のマタイ伝の解説を少し。。。

イエスは常に、社会的弱者・被虐者・を哀れみ、慰め、癒し、愛しました。
その中でも特に、幼い子どもを愛しました。
何故か?
それは打算も虚偽も無い、無垢な心でもって、愛を渇望するからだと解釈します。
愛とは言葉であり真理であり、神でもあります。
十分な知識も教養も無い幼き者を、イエスは「一番偉い者」として尊びました。
言外に、尊ぶべき、庇護すべき優先順位を語ったのです。
(余談ですが、イエスが幼子を「一番偉い者」と語ったことにより、カソリック教徒が言う【原罪】は存在しません)

私は子供を育てたことは無いけれど、仕事柄多くの子供たちと接しています。
何らかの事を一人で出来ない子を見つけて、「手伝ってあげて」と言葉を添えるだけで、驚くほどに周りの子供たちは協力し始めます。その日初めて会った者に対しても、親切に接するのです。
その優しさのポテンシャルを誰が奪うことが出来ようか?

幾百年の時代を経て、聖書のような、社会全体で子供を育てるという教えは色褪せてしまったのでしょうか。

否!否!否!

今一度、小さき者が幸せのうちに生活出来る環境を考え、社会に生きる大人一人一人が、彼らの成育を手助けしなくてはいけないのではないでしょうか。
この少子化社会に、せっかく生まれてきた子供たちを、大人の身勝手な思考による虐待で死なせることを阻止するのは当然ではないでしょうか。

聖書にはイエスが起こした奇跡が数多く記されています。
病人が治癒したとか、死者が蘇ったとか、障害が霧散し、餓えを満たしたとか。。。
それらの奇跡を実際に見たわけではないので、それが事実かどうかはわかりませんが、イエスは、困難に打ちひしがれる者達に、生きる活力を与える言葉を語ったのだと思います。
障害が治ったのではなく、障害をものともしない活力を与えたのだと思います。

困難に直面している人々には、そういう言葉に出会って欲しいと思う。探して欲しいと思う。

心が乱れて思考が纏まりません。

昨日、気が付けば誕生日だった。
私の命と引き換えに、命を落とした実母を偲ぶ。

 誕生日 すなわちそれは 母受難の日

子を思う母の気持ちでさえ、現代的な己の欲望ゆえに変貌してしまったのでしょうか。
この事件の加害者たる、二人の幼子の母親のブログを見ました。
この母親は非難されて当然だけども、そのブログに書き殴られたコメントの汚い言葉の多さにも失望します。

阿Q正伝の情景との相違が見出せない。
すなわち、正に同系の世界を生成したということ也。

この母親は、我が子が腐敗し融解していくのをどう見たのだろう。

哀しい。
哀しい。
哀しい。



 
 
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心の規範は必要です。
こんにちは。
今では、日曜毎にミサに通う人は30%程になってしまったとはいえ、カトリックの国フランスに暮らしていますと、今の日本の「宗教不在」が、社会の諸悪の源である、と思えてなりません。
親が子を殺し、子が親を殺す。
小学生が同級生を殺す。
ちっぽけな欲望を満たす為に、平気で人を殺す。
そんな日本の現状は、辛くって見ていられません。
やはり、「天を恐れる」心が無いと、人間は所詮野生動物と変わらないのでしょう。
冠婚葬祭だけの宗教など、異常です。
社会が、道徳的規範を失って、やってはいけない事、我慢しなければならない事、他人に迷惑を与えない事、その他人間としてごく普通の自己を律する道徳律は、やはり宗教が日常生活に密着していてこそ、伝播し守られて行くのでしょうね。
お笑いブームか何かしら無いけれど、社会がドンドン<軽く>なり、不真面目が真面目を駆逐し、堅苦しい事が軽薄な事に取って代わられてしまった。
パリに来る日本人に接していると、大人も子供も、社会人も学生も、男も女も、常に「へらへら」笑い声を立てる。
カテドラルを見学している時でも。
日本人を、日本の社会を、世界基準で(そんな大げさな事でなくとも)人間の基本的な基準の観点から、真面目な社会に変わるには、教育の基本から変えても、2世代は必要なのでは無いか。
悔い改める必要が有りそうです。
時々パリURL 2010/08/02(Mon)04:15:07 編集
Re:心の規範は必要です。
>時々パリ様

コメントありがとうございます。

日本人は「宗教」というと、どうしても胡散臭いカルト的な新興宗教を連想してしまうのか、日常の話題にものぼりませんね。
私も元クリスチャンだったことは、ほとんど話したことないですし。
人は何時でも正しい判断が出来るとは限らず、弱くなった時の拠り所は必要だと思います。
おっしゃる通り「天を畏れ敬う」心が無ければ、人を思いやる気持ちは欠けてくると思います。それは何処かの政府を見ているとよーくわかります(笑)。

拠り所となるのは、宗教でも哲学でも何でも良いと思うのですが、さて、その教育をする場がありません。
現在日本における高校中退者は、年間10万人と言われ、そのほとんどが「底辺校」だそうです。
九九が出来ず、小学校中学年の漢字の読み書きが出来ず、両親は離婚し、母親が部屋に男を連れ込んで売春をする、歯磨きの習慣が無い、、、。

次第に高校を去りますが、まともな職はありません。社会人として、皆と同じスタートラインにすら立てない子供が増えています。
抜本的な教育・社会保障改革をしなければ、教育の充実など2世代じゃ済まされないかもしれません。
でなければ、この不幸な事件は増え続ける一方ではないかと危惧しています。
【2010/08/03 21:32】
言いたいことたくさんあるけど・・・
母性本能だけで子供は育てられない
前に進めなくなった時は
自身を見直す時だと思う
辛いけど無力さを認め
自分を変えなくてはいけない
答えは何通りもあるはずだから
一人で抱えこまないで
苦しくても誤魔化や逃げはダメ
その時よくても
前に進めなくなるから

この母親もここに至るまで色んな葛藤があったのだと思うけど、子供は自分の所有物じゃないんだということを一番言いたい気持ちですね。


それはそうと・・・
あわびさま?才のお誕生日おめでとう♪
大好きな谷川俊太郎さまの詩をプレゼントします。
え、お酒のほうがよかったって~?



「生まれてきたよ ぼく」

生まれてきたよ ぼく
やっとここにやってきた
まだ眼は開かないけど
まだ耳も聞こえないけど
ぼくは知ってる
ここがどんなに素晴らしいところか

だから邪魔しないでください
ぼくが笑うのを
ぼくが泣くのを
ぼくが誰かを好きになるのを
ぼくが幸せになるのを

いつかぼくが
ここから出ていくときのために
いまからぼくは遺言をする

山は いつまでも高くそびえていてほしい
海は いつまでも深くたたえていてほしい
空は いつまでも青く澄んでいてほしい

そして人は ここへやってきた日のことを
忘れずにいてほしい





ぱーるぴあす 2010/08/02(Mon)18:21:58 編集
Re:言いたいことたくさんあるけど・・・
>ぱーるぴあす様

コメントありがとうございます。

>子供は自分の所有物じゃないんだということを一番言いたい気持ちですね。

ええ、ええ、子供は財産です。国、いえ地球の財産だと思います。奪われていい命など、ある筈が無い。
なんだかんだ言っても、人は快楽に溺れてしまいがちです。
それを理性でもって保っているんだけど、その理性を保つのは宗教を持つ者は倫理観ですが、持たない者は気力だけだと思うんです。だから人の力と知恵が必要だと思うのです。
この母親を擁護する気持ちにはなれないけれど、「何が彼女を育児放棄させるほど無気力にさせてしまったのだろう」と考えなくてはいけないような気がしています。

あ、バースデーメッセージ、ありがとうございます^^
43歳になりました。いい歳して、毎日呑気に生活しております(笑)
これでいいのかと思ったりもしますけど、とりあえず「よし」とします。

素敵な詩をありがとうございました。
何分不勉強で、知りませなんだ。。。
生まれててから、死ぬまでの間に、変わらないものは、山・海・空の自然だけなのでしょうかね?
人の心もそうありたいものです。
人の誕生と幸せを願い続けたいものですね。




【2010/08/03 21:52】
生きることは辛い事
森山直太朗  生きてることが辛いなら


生きているのが辛いなら
いっそ小さく死ねばいい
恋人と親は悲しむが
三日と立てば元通り
気が付きゃ皆年を取って
同じところに行くのだから


生きているのが辛いなら
わめき散らして泣けばいい
その内夜は明けちゃって
疲れて眠りに就くだろう
夜に泣くのは赤ん坊
だけって決まりはないんだし


生きているのが辛いなら
悲しみをとくと見るがよい
悲しみはいつか一片の
お花みたいに咲くという
そっと伸ばした両の手で
摘みとるんじゃなく守るといい


何もないところから
何もないとこへと
何もなっかたかのように
巡る生命だから


生きているのが辛いなら
嫌になるまで生きるがいい
歴史は小さなブランコで
宇宙は小さな水のみ場
生きているのが辛いなら
くたばる喜びをとってけ
生きていることが辛いなら


森山直太朗 生きてることが辛いなら
http://www.youtube.com/watch?v=mXNHjTx7UPk


ギャルママも増えていますが子供を生んで育てる重み、
責任を感じてほしいですし、
旦那の浮気?が原因の離婚かは知りませんが、
離婚しても子供がいるわけですから、
元旦那にも養育の責任はあるはずです。


事実~12歳で私が決めたコト~の中川あゆみさんみたいに、
両親からの親権放棄もあったりして世の中可笑しいですね。


母子手当ては出るが父子手当てがでない日本国って知ってました。
国民! 2010/08/02(Mon)21:07:46 編集
Re:生きることは辛い事
>国民!様

コメントあありがとうございます。

森山直太朗さんのこの歌は、一時物議を醸しましたね。
私はいい歌だと思います。
一番の歌詞にいきなり「いっそ小さく死ねばいい」なんてあって、驚きましたが
所詮人は一人では生きていけない、一人で生きねばならない者は、大袈裟に泣いて落ち着いて花でも見てみなさいと歌っています。
いい歌だと思います。

今回の事件の衝撃は、非常に大きなものですが、人類の歴史においてはちっぽけなものかもしれません。
けれどこういう事件から学び、歪んだ社会を修正する努力をしなければ、今にこの日本の歴史に恥ずべき汚点を残すような気がします。

このギャルママは、取り返しのつかないことをしてしまいました。
この責任の重さを、彼女には一生を賭して子供達に償って欲しいと思います。
もちろん、彼女の家族にも。

それにしても、厚労省が児童相談所に強制立入調査を認めたものの、政府はこの事件に心を痛めているのか、こんな政府でいいのかと考えてしまいます。
だって、一応「国民生活第一」を唱えてたんですから。

>母子手当ては出るが父子手当てがでない日本国って知ってました。

知っていました。
男は働き、女は家を守る、そんな時代の名残のようなものですよね。
この国の政府の遅れは、致命的です。
というより、見たくないものから、目を逸らしてるとしか言いようがありませんね。。。
【2010/08/03 23:03】
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